ベルグソニズム

消しゴムの頭と心における野生

脳と身体との間で引き裂かれた存在を表出する映画として、デヴィッド・リンチを挙げることができる。その自らの、消しゴム頭のイメージ=『イレイザーヘッド』によって70年代に映画を作り始めたデヴィッドリンチにとって、持て余し決して処理しきる事の出来…

『デスプルーフ』で、身体は脳に勝利したのか?

映画『デスプルーフ』は、存在に対して過剰な身体化を働きかける映画である。この作品において、何故登場人物がかくも身体化に、形象化として彫を入れ刻みを入れる身体のエロスに取り憑かれているのだろう。一つには、登場人物、それは女性の登場人物それぞ…

映画を巡る脳と身体の闘い

『グラインドハウス』というタイトルで、本来二本立て用の上映として設定されていた『デスプルーフ』と『プラネットテラー』の二本の映画には、結局どのようなテーマが共有されていたのだろうか。一つ明らかなのは、グラインドハウスという場所の性質として…

ファリックマザーからファリックガールまで

映画『プラネットテラー』において、一個のダンサーだったチェリー・ダーリンが、失った片足の部分にマシンガンを埋め込まれることによって、ファルスを持った女性として生まれ変わるというストーリーのことを考えて、そういえば斎藤環の『戦闘美少女の精神…

女がファルスを獲得する過程としての『プラネットテラー』

ホラー映画、特にスプラッター物を制作する者達の現場にとって、想像的平面と象徴的平面の区別とは絶対的なものである。映画で表現しようとしている世界と現実の世界が混同されてしまうことは、単純に狂気を意味する。同時に、ここで映画制作者は常に強烈な…

タランティーノの映画愛かくも極り倒錯し至りけり

土曜の夜に、タランティーノの新作『デスプルーフ inグラインドハウス』を見たのだが、この映画は凄かった。ガツンときました。どんなすごかったのかというと、要するに、あのワイルド・アット・ハートよりもすごかった、乗り越えたほどだったのだが・・・ど…

幽霊は必ず出るところを間違えない

デヴィッド・リンチの手法とは、内的現実をそれ自体で生成させることに成功させることにあるといえる。内的現実の事実性とは、イメージによって力を与えられ、そこに独自の生産の道を開くことになる。特に映画とは、内的現実にとってその重要な手段である。…

デヴィッド・リンチにとって「リアル」とは何なのか?

う〜ん。。。リンチの「インランド・エンパイア」だが、ネットで他の人々のレビューを見ていたところ、どうも僕が考えたように、この映画を見ている人がいそうもないということに、少々ショックを受けてしまった。それはどういうことかというと、要するに、…

デヴィッド・リンチの奇妙なハッピーエンド

「インランド・エンパイア」の終りは、あれはハッピーエンドだと考えてよいのだろうか?それは奇妙なハッピーエンドの在り方である。主人公である、映画の中で世界観の進行をそれまで導いてきた主体であるところのローラ・ダーンだが、彼女は最後に生きてい…

『インランド・エンパイア』

昨日は新宿でデヴィッド・リンチの新作『インランド・エンパイア』を見ていた。リンチの新作は180分の長編映画となっており、公開の劇場も限られていて、最初から集客を当てにしたものではないようだが、三時間の間、特に飽きることもなく、充実したイメージ…

『楳図かずお恐怖劇場 蟲たちの家』

黒沢清が楳図かずおの漫画を原作にして映画を撮っている。『蟲たちの家』である。猜疑心、支配欲、独占欲の強い夫のドメスティックバイオレンスに耐えかねた妻が、家の一室で閉じ篭りになってしまった。彼女は自分が虫になったのだと思い込んでいる。夫は妻…

黒沢清の『降霊』

霊媒師の仕事を片手間に手がける主婦が、大学の心理学研究者に興味を惹かれ研究の対象になっていた。主婦は定期的に大学の研究室にゲストとして呼ばれインタビューを受ける。彼女は遺品などの物質的なデータから、その背景にある人物像を当てる技術があった…

重力の幻想

1. 「ドイツイデオロギー」の冒頭においてマルクスはこのように宣言しているものだ 人間は自分たちが何であるのかとか何であろうとしているのかとかについて、自分たち自身にかんして間違った観念をこれまでいつも自分たちの頭の中にこしらえてきた。神とか…

過去自体の存在論Ⅲ

1. ドゥルーズは過去自体を巡る態度のとり方において、ベルグソンとプルーストの差異を提示している。まずドゥルーズは意志的な記憶によって構成される現在と関連付けられた過去の想起に対して「無意志的な記憶」の働きというのを対置している。過去自体の存…

過去自体の存在論Ⅱ

現在とは空隅を含む時間の存在である。現在とは時間的な前提の上にある、ある浮遊性として想定される。そして現在とは流れていると同時に漏れ続ける存在の進行である。それは空隅を含むが故に、流れていると想像されるイメージで語られるだろう。しかし時間…

過去自体の存在論

過去が記憶の損傷として固着しているとき、そこでは悪い重力を発しつづけている。過去とは記憶についての解釈によって主体にとって成立している。過去とは錯綜する解釈の体系によって身体的な内在を構成している。そのような解釈とはまず第一義的にはイメー…

命令の地位Ⅱ

命法連関=命令−服従の二項形式の中にあくまでもその機械連関の延長上に、自由を実現すべきであると考える。その逆にあたるのは自由とはこの命令ー従属連関の外部にこそ、それは目に見えないものとして存在しつつも確実にあるものとして認めるべきであると捉…

命令の地位

命令−−つまり命法の形式とは、社会の中で偏在している。我々は命令の存在について、それと知らぬ場所でもそれと知らぬ瞬間に、無意識的にも出遭い続ける。また無意識的にも再生産し続けているものだ。我々のひとりひとり個人の存在とは、そこでは命令される…

自由と義務Ⅲ

ベルグソニズムでいえば、精神とは収縮であり、物質とは弛緩のことである。それは同一のものにおける収縮と弛緩の状態にあたる。それではそのように捉えなおすとき、義務とはなんだろうか、義務の意識とは自己の拘束であり、収縮にあたる。そこに収縮するた…

自由と義務Ⅱ

1. 柄谷行人は自由と義務の意識について次のような統合をプログラムすることを意図しているものなのだ。 カントは、自由は義務(命令)に対する服従にあるといった。これは人を躓かせるポイントである。なぜなら、命令に従うことは自由に反するようにみえる…

自由と義務

1. 義務、そして道徳的債務の意識を習慣的なものから引き離し、純粋債務において見る、真に個人が為さなければならない債務−義務化の意識を、人間的−身体的に純粋抽象させようとするのが、まだベルグソンの提示した純粋身体性の享受の意識であったといえるも…

構造主義と時間の空間化

1. 空間化とは、自然発生するのと同時に、社会体の維持にとっては必然的かつ絶対的に強いられている次元にあたる。空間化を共同的に、客観的に提示しうることは、社会の立場から生活体系を確定化する営為にもあたっている。空間が発生的な生成の柔軟なる基底…

ベルグソニズム

1. ソラリスの海の様に不定形のマグマ状の流動の中に還元して世界を見れるとしても、それはあくまでも断片的で極端な視点に止まる。すべては煎じ詰めれば結果的に一であるからといって、我々はいつもそこから始めることは出来ない。それは無意味な還元主義に…

惑星ソラリスの憂鬱

ベルグソニズムについて最もよく説明しうるイメージとは、タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」にあると考えられるだろうか。記憶の中に潜む、過去に自殺した妻の亡霊と戦い続けなければならない奇妙な世界の中に、否応なく、宇宙船の中で閉じ込められてし…

ドストエフスキーからシュワルツネガーへ

1. 重い障害物を担わされて引き摺り、民衆の見つめる道の中で歩かされるキリストのイメージとは、それによって世界のあらゆる受難を背負い込んでは前進するという、象徴的なイメージとなっている。キリストの背負い込んだ重みとは、それがそのまま世界の重み…

キリスト教的身体の系譜

1. キリスト教的な身体の構造的な組織性から来る特徴こそが、器官として与えられた身体の組織に、痛覚、そして労働としてのネガティブな負荷をかけることによって、その器官的なる組織的な膨張を刺激して与え、負荷(不快、痛覚の存在)を媒介させて、器官的…

世界の獲得という問題

マルクスによって、鎖以外に失うものは何もないと定義されたプロレタリアートとは、共産主義革命によって「世界の獲得」を可能にするという事になっていた。このときマルクスの思考にとって世界とは獲得の対象でありえたのだ。プロレタリアとは世界を喪失し…

内包と排除

1. 社会体の進化のプロセスとして、内包社会から排除社会へのプロセスというのが、社会学的に考えられている。それは共同体、あるいは都市社会とその他者性との関係性の変化として捉えられている仮説である。共同体にとっての他者、すなわち狂人や犯罪者のレ…

偽の問題

ドゥルーズは『ベルグソニズム』(66年に出版)の中で、問題の所在を正確に構成するための方法について、真の問題と偽の問題を峻別できる基準を、どのようにして持つことができるのか、という方法論の立て方を巡り、ベルグソン哲学についての再構成を図ろう…

キリスト教的身体の問題

キリスト教の文化−システムとは労働を実践行為として、世界の全体像を個人の身体性の中に取り込むビジョンを与えようとする。理想的な労働において、世界は主体にとって、労働を通して与えられる。獲得される。そのような世界の獲得と主体の全体化に関与でき…