2010-01-01から1年間の記事一覧

7-5

バスは進行する。夕暮れに差し掛かるマンハッタン。昼の温もりは束の間のもので、またきつく刺さるような寒さが繰り返してきそうな気配が空から降りてきているのがわかる。しかしマンハッタンという街に巣食う無数の人間たちの活気がそれを跳ね返すのか否か…

7-4

「究極さん、昨日買ったお土産はいったい誰にあげるつもりでいるんだい?」バスの中で、僕は、地球の歩き方マップニューヨーク篇を読み耽る究極Q太郎にきいた。マンハッタンの道路とは碁盤目状に設計されていて、分かりやすく綺麗に線が引かれているものだ…

7-3

バスを運転しているのは黒人の運転手だ。リズム感の良さげな三十代位で痩せ型の黒人男性だった。車内に人は特に多くない。昼下がりの低い日光が斜めに奥深くバスの車内には差し込んでいる。外は賑やかだが車内は静かな対比を示している。ニューヨーク市にし…

7-2

マンハッタンという島で中央のほうへとバスが出てくると、そこは町が全体で巨大な高田馬場か新大久保といったところか。都会の繁華街にとって賑わい方の多様性はある種繁華街特有の汚らしさや嫌らしさの存在感と不可分にあると思うのだが、マンハッタンの中…

7-1

昼時を少し過ぎた頃僕らはブルックリンの村田さんの家から出てきた。空は快晴だがストリートには昨夜降った雪の名残が多く残っている。三月のニューヨーク市である。地下鉄に乗り込む前、村田さんが僕らに教えてくれたのは、ニューヨーク市内を周回するため…

6-4

川岸の強い風が吹きつける公園で写真を何枚か撮っていた。究極Q太郎が、飛行機に乗る前に日本のコンビニで買っておいたインスタントカメラ、使い捨て用のカメラを使って撮っていた。太陽からは鈍い陽射しが斜めに低く差し込んでいた。太陽の光と直接向き合…

『TOKYO POP』−レッドウォーリアーズの赤い糸

1. 80年代の頃東京にあった左翼というのは、思えば今ある再建されたといえるような形と、それ以前の左翼を接続する在り方において、礎の萌芽みたいなものが、そういう場所に訪れたとき見え隠れしていたようなものである。今から思えばあの時のあれがその後こ…

6-3

「あっ。自由の女神が見えますよ」僕は遠くのほうを指差して横の究極Q太郎に教えた。小さな公園の川岸は低い鉄の柵が続いており、そこからすぐ先はもう海と河口が繋がっている場所だった。海から風が吹いてくる。しかしこんなに海に近いのに不思議に潮の匂…

6-2

そういえば、広島や長崎の都市に原爆が投下されたとき、炎で焼かれた人間の影が、鉄筋コンクリートでできた建物の壁に焼きついていたという話を聞いたことがあった。それが本当か嘘かはよく確かめなかった。しかしそういうことというのは有り得る話だ。別に…

6-1

僕らは途中のターミナル駅で村田さんと別れ、軽くマンハッタンの街を散歩しながら次の宿を探すこととなった。僕らがまず向かったのは、グラウンドゼロの地だった。911事件の災難に見舞われた地とは、地図で確認するとマンハッタンの南の端のほうにあり、少し…

5-6

究極Q太郎は、口の中に歯ブラシを入れて片側の頬に挟み、横から見るとそうしている究極さんの顔はぷくっと異物で膨らませていて、時々思い出したように歯ブラシを持つ手をごしごし動かしてみては、長々と自分の歯を磨く時間を、他にいろいろな作業を試して…

5-5

ふらふらとしながら、午前中の白い光で明るくなっている部屋の中で、もう一度床に広がった毛布の元で倒れこむようにして横になった。目を瞑るとしばらく意識を失っていたようだ。いや意識を失うような勢いでもう一度睡眠の世界へと重力で掴まれるようにひき…

Joy Divisionの『Dead Souls』

1. またナイン・インチ・ネイルズが興味深い曲をカバーしているものだ。それは、ジョイ・ディヴィジョンの『Dead Souls』である。ジョイ・ディヴィジョンの影響関係とは広く深いが、ここでは80年代前半にイギリスの前衛的バンドとして活躍したバウハウスのヴ…

5-4

床の上で、手元にあったソファクッションや毛布のようなものをかき集めて寝ているので、室内とはいえ決していい状態で寝ているとはいえない。時折目が覚めて昨日から続く異常な胃の状態が蘇ってきた。そして意識が戻ってくるたびにまだ周囲は暗く、朝までは…

5-3

村田さんの住むアパートの部屋は、中に入るとリビングが、日本ならば十畳以上の広さはあるだろうという位に広がり、壁は白く床はフローリングでつるつる輝いており、しかもそのリビングの中には家具らしいものは最小限しか置いていなかった。奥にはキッチン…

5-2

駅から続く寒い夜道を並んで足早に歩きながら、村田さんが言ったことだ。「私ねえ・・・悪いけど、これから一回仕事出なきゃいけないのよ」 「夜のお仕事?」究極Q太郎が聞いた。「うん。これから職場のバーに出なきゃいけないの。だから帰ってくるのは、私明…

5-1

「どうも・・・久しぶり・・・」挨拶をしたとき村田さんの顔はあんまりよく表情が読み取れなかった。そう簡単に自分の感情を表に出さないのが彼女の性質だったのかもしれないし。しかし根は情熱的だし楽観的な性格だということも既に知っているので、自分の感情を…

ゲイリー・ニューマン再評価の流れについて

1. ゲイリー・ニューマンは、70年代後半のロンドンの音楽シーンにおいて頭角を現し、チューブウェイアーミーというバンドでアルバムを発表した後に、ゲイリーニューマンのソロの名前で以後音楽活動が定着する。最もヒットしたのは、1979年に発表されたシング…

4-4

フライドチキンの店は入ったら注文カウンターの他に中で寛げるような場所はなく、そこには小さくて座ったら悲しくなってしまいそうなほど空しく見える、粗末なテーブルと椅子が二、三並べられてるだけで簡素な店だった。だから店の中で休んでいるというわけ…

4-3

ブルックリンでは仕事帰りの人々の流れに紛れて待合わせの駅へと降り立った。特にラッシュだったというのではないが、駅の階段を上って地上に出ると帰りの人々の流れはばらばらと四方に拡散していった。すぐに人の波とは消え寂しい郊外の駅前の姿となった。…

4-2

廃墟のような都市空間に降り立っていることの、ある種爽快なほどに研ぎ澄まされた意識というのは、僕が中高生の時に聞いていたある種の音楽にも繋がる。ニューヨーク的な、或いはヨーロッパ的な大都市のイメージというのはきっとその頃から変わっていない。…

4-1

ニューヨーク市の地下鉄とは何かというとそれが最低限の空間になっているということだ。ぎりぎりまで最低限の感覚で作られ維持されている空間だということ。ニューヨーク市の地下鉄において階段は狭いし、壁はコンクリートが剥き出しであり色は暗く、照明も…

3-6

店はだんだん人が増えている。賑やかな気配は水位となって高まっている。最初は場所で大きすぎるように思えた僕らの会話する声も、もはやはっきり聞き取らなければ簡単に掻き消されてしまうような状態になった。僕らの後ろから日本人の女の子が二人顔を出し…

3-5

「ところで究極さんは、ニューヨークで何処に行って見たいと思ってるのさ」そろそろCBGBの店内も客の出入りが多くなってきた模様である。店は本番の営業モードという感じに入っておりそこらじゅうから乱雑な喋りの嵐で賑わってきた。「ぼくは…エンパイアステ…

3-4

ところでCBGBの店内でさえも全面禁煙だったのだ。手元にも何処を見回してもCBGBの店内で灰皿は見当たらない。そして店の人に言っても灰皿だけは出してくれない。ニューヨークの市長がブルームバーグになって市内の飲食店における完全禁煙が実現されてしまっ…

3-3

究極Q太郎が嬉しそうな顔をしてカウンターに戻ってきた。「やっと村田さんに連絡取れたよ」心の重荷に不安が取れたという感じだ。明かりに照らされて顔色がよくなってるのが分かった。「これから今晩7時にブルックリンで、村田さんの家の最寄駅で待ち合わせ…

3-2

三月の雪降るマンハッタンでは、冷えきった環境がずっと続き店の中に入ってやっと暖かくなる。CBGBのカウンターに座って寛ぎ、酒のカクテルを頼みほっとして、そういえばしばらく前から尿意をもっていて我慢していたのを思い出した。小便したいと思っていた…

3-1

CBGBの中に入ったとき店はまだ始まったばかりだった。店内の暗くした照明の下で、まだスタッフたちが忙しなく店の中の細かい調整で動いていた。男性スタッフが椅子の位置を変えていたりテーブルを拭いていたりオーディオシステムを調整していたり、女性スタ…