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究極Q太郎が嬉しそうな顔をしてカウンターに戻ってきた。
「やっと村田さんに連絡取れたよ」
心の重荷に不安が取れたという感じだ。明かりに照らされて顔色がよくなってるのが分かった。
「これから今晩7時にブルックリンで、村田さんの家の最寄駅で待ち合わせしようということになった」
「そこは何ていう駅なの」
「フランクリンアヴェニューだって」
「そう。今何時だろう?」
僕は普段から時計は持ち合わせている習慣がなかった。そして当時の僕らはまだ携帯電話も持たなかった。CBGBの店内を見ても時計はどこかにありそうには見えないのだが、究極さんがポケットから小さな懐中時計を取り出して見た。
「5時ちょっと前だから。まだ余裕だね」
上の暗い照明の方向に合わせて小さな文字盤を読み取りながら言った。
「いやー。よかったよかった」
僕らは笑った。
「やっと安心したね」
僕は残っていたカクテルに口をつけた。ブラディマリーは下のほうにトマトの濃い味が溜まっていたのを舌に感じながら。
究極さんもテーブルの上に残していたカクテルを飲み干した。全部飲んだら氷も口の中に入れてまだガリガリ齧っていた。
「村田さんはニューヨークで何の仕事してるんだろうか」
僕は訊いた。
「たしかバーテンだったと思うよ」
氷の塊を口に含んだままの究極さんが答えた。
「ふーん、バーテンやってるのかあ…ニューヨークでバーテンやって儲かるんだろうか」
「さあ。それは東京と同じじゃないの」
究極さんは一杯飲んでもまだ物足りないという調子で、ソルティドッグのグラスの縁に塗られた塩を舐めながら語っていた。
「別に稼ごうと思わなければ気楽にやってけるんじゃないかなあ。そういう感じの人が多い土地なんだし」
「ニューヨークという土地柄は特殊な土地柄でしょう。他の都市一般とでは多分比較ができない。世界の都市の中でも一番流動性が激しそうな感じだ」
「都市にとって流動性が激しいということは、それだけ合理主義も徹底してるということでしょ」
「徹底化された合理主義の貫徹された街の姿って、なんかそう考えるだけで興味わくわくだな」
「うん。色々見て回る所は多そうだね」
「そうそう」
僕もそれに頷いて答えた。
「色々見て回って研究して見る所が多そうだ」
究極さんの言ったことをもう一回僕が反復してエコーのようにそう呟いた。カクテルの酒がちょっと回ってきてるのかもしれない。今までがずっと寒すぎたから。