2011-01-01から1年間の記事一覧

13-7

「なんかニューヨークで店に入るたび、あっ!ここも時間が止まってると思うんだけどな」ビルの中階に構える鄙びたチャイニーズレストランの閑散とした店内を見回しながら僕は言った。「それはぼくらが安そうな店ばかりを選んで入ってるからじゃないの」究極…

13-6

村田さんがよく使っているというチャイニーズレストランに導かれていって入った。ビルのフロアをエレベーターで上ったところにあるのだが、昼下がりのこの時間帯に、ランチタイムのピークはとうにすぎ、広いスペースに丸いテーブルの幾つも埋まっている店内…

13-5

失踪する、消滅する、蒸発する、突然いなくなる、夜逃げする、…。人が急に消えていなくなることについて、世間の言い方は色々あるだろう。究極Q太郎が突然いなくなってしまったことについて、どのように表現すればよいのかいまだ言い方に迷うものだ。何か思…

13-4

「横浜の中華街と比べたらここはえらい違うね」郵便局の列に黙って並ぶ究極Q太郎の後姿を眺めながら僕は言った。「横浜の中華街だったらキラキラ輝いてるもんね。しかしここは余りにも泥臭すぎる街だわ」首をマフラーでグルグル巻きにして紫のコートに厚く…

13-3

上空を見上げると壮絶な程に色は青く、身を切るように冷たい風の吹きすさぶマンハッタン島の一角でチャイナタウンだが、アジア系の顔をした人々はこんな風の冷たさなど物ともしないというように、よく動きよく働きまわっているものだ。この落ち着きのない労…

13-2

チャイナタウンの装いだが、ちょっと日本では長らくお目にかかったことのないような、アナーキーに小さな商店の群れが騒々しく立ち並ぶ様の、不思議にタイムスリップしてしまったような奇妙な空気がそこには立ち込めていたのだ。本当にここはニューヨークな…

13-1

よく晴れ渡ってはいるが冷たい風の強く吹きすさぶマンハッタンの地上に立っていた。それは冬から春へと移行する段階にあって最も中途半端な気温をもたらす故に体感温度では最も寒く感じるよくわからない天気ではある。風は冷たくても空は明るい。そのちぐは…

12-6

どうやら翌朝ニューヨークの空はよく晴れていたようだ。堅い床の上で数えきれない程の寝返りを打った挙句、気がついた時にはそれなりに気持ちのよい朝を迎えていたのだ。究極Q太郎は先に起きていて、冷蔵庫の中を開けて調べていた。だだっ広いフローリング…

12-5

「思えばあれはイエスのような顔をした白人男だったのかもしれないな」部屋の中に入れた僕は振り向きざま究極さんに言った。「想像上のイエス・キリストというのは、ああいう顔をしてるじゃない。つまり、よく昔からある、絵に描かれてるようなイエスの顔だ…

12-4

膝を丸めて階段の踊場にしゃがみ込んだまま、僕らは他に何も為すすべもなかった。疲れているしお互いの間でもう特に喋るような話題もない。疲労はピークに達しているはずだが、しかし全く予期してなかったような不幸に遭遇した場合、本来疲れているのになん…

12-3

もう為す術もなく部厚い鉄扉の前で、僕と究極Q太郎は立ち往生してしまった。立ち往生といったところで、僕と究極さんの足は、今までずっとニューヨークの街中を歩き回ってきて、しかもその旅はもう数日間に及び、パンパンになっていて、何の意味もなく一箇…

12-2

深夜のニューヨーク市地下鉄は唐突に現れ、大きな音を軋ませ不必要な威嚇でもするように車体全体を震わせながらホームに停車した。それは日本の電車よりもはるかに運転が雑な気がするといったものだ。この雑な運転の感じが、いかにもアメリカ的な大雑把さと…

12-1

アストロプレイスという地下鉄駅で電車を待っていた。深夜の零時になるかならないかという時刻だったが、散々ニューヨークの街中を歩きまわって疲労が溜まってきた僕らは、早目に日本人居酒屋での飲みを切り上げて出てきたのだ。今夜の宿は村田さんのアパー…

11-5

1. どこの国のどこの都市にいっても人間の行動様式というのは大体同じものだろうか。ニューヨークにいながらにして客も店員も日本人しかいないという居酒屋あるいはバーの中を見渡してみて、そういう既視的な法則を感触として改めて納得しうるものだった。「…

11-4

イーストソーホーの一角に開かれていた小さな日本人の居酒屋のカウンターテーブルには、僕らよりも先に飯塚くんが居て腰掛けていた。カウンターの中には三人ほど日本人の女性が店員で並び、飯塚くんは彼女らに声をかけ、おでんやらうどんやらの食事に、そし…

11-3

古びたような年季の入ったようなコンクリートの壁にやはり古びたような光の中に、イーストソーホーでその居酒屋は存在していた。カウンターに座っている客もカウンターの中に立つ店員もみなそこでは日本人のようだったが、そのカウンターに腰掛けている一人…

11-2

夜の気温はまた氷点下にまで極端に冷え込もうとはしているものの、この繁華街の発する活気の熱は、単なる数値的な気温の指標の怖さを、温暖な国から訪れた旅行者に忘れさせてしまうに十分なほどだった。ストリートは、派手に明るく、そして冷え込みの中にあ…

11-1

それにしても村田さんの働いてる職場とはどこにあるのだろうか。イーストソーホーの一角とは決してそんなに広くもない見渡すにも散歩するにも手頃なほどの大きさしかないものだが、しかしその小さな一角の中には山のように数多くのカフェやら飲食店やらイベ…

10-5

イーストソーホーの街並みを見て、そこで秘かに君臨してるのは壁に描かれたジョー・ストラマーの顔だったことを思い知ったのだ。公園の向こうに立っている木と鉄柵の向こうに見え隠れするようにして、ジョー・ストラマーのポップでカラフルな表情がこちらを…

10-4

大きな食べ応えのあるハンバーガーにポテトの添え物を、テーブルに備え付けられていたハインズのケチャップをかけて食べた。しかしこのカフェテリアだと、どうも周囲の騒ぐ声が大きすぎるのと、前にいる究極さんを見るとそろそろ彼も疲れが出始めているのが…

10-3

マンハッタンにおけるイーストソーホーの構造というのは、真ん中に一本大きなストリートが伸びていてその両側にいろいろ文化的に面白い店舗や拠点が出来上がっている。イーストソーホーとはロンドンにもあるみたいなのでニューヨークにおける場所のことであ…

10-2

途中で何回か道に迷った。究極さんはガラガラ音を立てながらトミー譲りの少々コンパクトな旅行用キャリーバッグの車輪を転がし歩いていた。ニューヨーク市の地図を持って歩いているのはずっと究極さんで、僕はただ言われるままに頭の中はぼんやりとしたまま…

10-1

夜になって歩いていた場所はイーストソーホーだった。究極さんと肩を並べて暗くなった舗道を、ビルディングの密集からは程離れたマンハッタンの区域を歩いていた。マンハッタンの中でも煩気な場所があり商業的な場所がありビジネスライクな場所があり、そし…

9-11

よろけるようにもつれた足取りで歩き出し、寒い日の午後、ビジネスライクな空気の漲るマンハッタンの街角をしばらく流れていた。ここの人々はビジネスマンが多いのか、あるいは中には学生の数も多くカジュアルな様相で歩いてる人も多いのか、そして車が混雑…

9-10

空から雪がぱらついているのも気づいた。マンハッタンの歩道で、ビジネスや学校で人が入り混じる賑やかな街角の午後である。向こうの方から声を掛けあって歩いて来る一団がある。グループは数人で幾つかに分かれ、その集団が次から次へと流れていく。制服を…

9-9

大学の中で混雑を眺めているのも次第に疲れてきた。僕はどうも一箇所に留まっているとただそれだけで気分がもう悪くなってきてしまうのだ。単に飽きたというだけでなく、じっとしていると体調の悪さまで直に向い合ってしまう。実際気分の悪さはまだ続いてい…

9-8

図書館からの通路を校舎の方に戻ってくると、そこには学生達の大きなラウンジのような広場が開けていた。奥には大教室へ入る扉が並び、手前は大きな空間が開けていて、学生達は忙しくそこを通過しているか、一方ではDJブースを出して音楽を流していて、もう…

9-7

こうして僕の前にはまた突如として暇な時間が開けてしまった。体調は相変わらずきもち悪いし外へ出れば気温は相変わらず零度以下だし、何したらいいのかわからない。しかし体は弱ってるのでそれでも一人で休んでるのが最も幸いだった。外は変な天気だ。また…

9-6

学生達のカフェで、並んでいる列に混じって、コーヒーとケーキをトレイに載せて、レジで料金を払い、できるだけ端の方へと歩いていき、テーブルに座った。カフェの隅の部分から、この大学の賑わう声が雑多に立ちのぼっている中で、人々の顔と表情を観察でき…

9-5

アートン校という場所だが、専門学校か予備校というのが相応しいような手頃な大きさの古いビルだった。ただ学生達や教員達のざわめきから漏れる息吹をそこで感じれば、その一角が異様にエネルギッシュな精気に満ちた場所だというにおいも感じ取れるだろう。…