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チャイナタウンの装いだが、ちょっと日本では長らくお目にかかったことのないような、アナーキーに小さな商店の群れが騒々しく立ち並ぶ様の、不思議にタイムスリップしてしまったような奇妙な空気がそこには立ち込めていたのだ。本当にここはニューヨークなのか、アメリカなのか?東南アジアの騒々しい商業地区やアメリカであっても南米の方ならば、この野蛮にさえ映る商売に忙しく勤しむ人々の落ち着きのなさは納得できるだろう。そこの空間は日本なら上野のアメ横にでも紛れ込んだ時の騒々しさにも似ているが、いやもっとずっとそれよりも野蛮で原始的な空間だった。強いて言えばこれを日本の風景と比較して見るなら、戦後の闇市のような乱雑でアナーキーな空間がそこには出来上がっていて忙しそうに絶え間なく動き回っているという感じか。もちろん自分では戦後の闇市なんか実際には知る由もないし、そういう市場の光景を映画の中で見たことがあるといった程度のものだ。戦後の闇市が広島で出てくる「仁義なき戦い」の第一作だとか、あるいは寅さんを演じていた渥美清の出てくるような映画でも初期のものによくあったような景色だ。そんな原始的でアナーキーな商業空間が、マンハッタンでは一角に、アナクロニックにも、まるでそこだけ時間が止まっているように開かれていたのだ。マンハッタンにある商店街とはいえ通りに面した建物はみなどれも古く昔のままで、石と煉瓦の感触が剥き出しで、看板にかかっている文字はどれも中国語ばかりで、そういった漢字の列の並ぶ間に英語の文字を見出すことさえ少ないぐらいだ。戦後直後の上野の駅前みたいな有様がマンハッタンでは今でもそのままの形で保存され残っているといった空気だ。例えば、アジア系の顔をした不法入国者のようなものでもこういう空間に来て混じってしまえば、簡単にその日からここで労働し賃金をもらいながら人生をやり直せてしまえそうな、そんなアナーキーかつ自由な空間が出来上がっていた。そして町並みにおいて漢字でやたらしつこいほど並ぶ宣伝の文字は、明らかに仕事の求人募集ばかりが多く目立っていた。

ここで究極Q太郎は、日本のトミーに向けて絵葉書を送りたいというので、郵便局を探していた。