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深夜のニューヨーク市地下鉄は唐突に現れ、大きな音を軋ませ不必要な威嚇でもするように車体全体を震わせながらホームに停車した。それは日本の電車よりもはるかに運転が雑な気がするといったものだ。この雑な運転の感じが、いかにもアメリカ的な大雑把さとでも形容すればよいのだろうか。疎らな客を乗せながら機械的に無機質に動き出し、いつの間にかマンハッタンから離れていったようだ。すべてが機械的にオートマティックな回転でありながら、しかしその機械はいつも何か調子が不安定で失調していて、ギリギリのところで纏まりを確保しながら運営されているというのが、ニューヨーク市を一個の巨大な機械と見立ててみたときの感想である。遠くへ進むに連れて地下鉄は不安な気配も醸しだしていく。しかしその不安が極にまで突き進むその何段階か手前のところで、僕らは電車を降り、駅の地上へと向かったのだ。ブルックリンの村田さん宅の駅へと出てきた。深夜の住宅街だが地上へ出るとしんしんと雪は降っていた。静かでありながらも何か物騒な空気は拭えないブルックリンの深夜だが、街灯と住宅から漏れ出る中途半端な明るみと時おり通り過ぎる車の中途半端な慌ただしさの中で、それなりに人々とこの町で共にあるのだろうとうことの曖昧な安心感を頼りに、僕らは夜道をアパートへと向かった。深夜といえどもそこには人間が多く雑多に住む街の不思議な共生感は満ちていたのだ。だから決して夜道で寂しいという気はしない。僕と究極さんはもう既に結構な疲労を貯めていたし、足早に滑りそうな凍った道筋を歩いていった。セキュリティの為に黒い鉄柵で二重三重と武装され囲まれた石造りの古いアパートメントは、オレンジ色の暗い照明の中で、雪を受けながら夜の中に佇んでいた。僕らがそこで、村田さんから既に預ってきたアパートの鍵とは、重くて大きい頑丈そうな鉄鍵の束が5つほどキーホルダーに繋ぎとめられたものだった。その鍵束は持っているだけでズシリとした重みを感じ相当の貫禄があるもの。究極さんは預ってきた鍵を失くさないようにポケットに入れ、しっかりと握りしめてきたのだ。手前の鉄柵を鍵穴を回して抜けて、次は二番目の鉄柵の鍵穴を回す。それでエントランスの石段に上がり、アパートのドアにもやはり鍵穴を回す。それでやっと建物の中に入るのだ。狭くて急な階段が手前から伸びていて内部の造りの構造からこのアパートが古くからある建造物であることを確認させる。この階段のニ階が村田さんの家にあたっている。散々歩きまわってきて疲れはてている足を持ち上げて急勾配の階段を僕らは上がっていった。そして重い鉄の板のようなドアがあるから究極さんはそこの鍵を入れてみた。

「あれっ。あかないよ。これ鍵が合ってない」

「えーっ?そんなバカな。だって今までちゃんと入ってこれたじゃない」

究極さんはムキになってガチャガチャ鍵穴を回してみた。しかしビクともしないように鍵の構造で跳ね返されてしまうのだ。

「まいったなあ。この鍵、間違えてるのか、僕らが渡された鍵」
「だってそれしか考えられないでしょう。鍵が合わないんだからさ。」
「ちょっと待ってよ。僕にそれ貸してみて」

こんどは僕が鍵を取って穴に入れてみた。しかし重たい鉄の板は埒があかない。どんなにやっても堅牢な壁の存在感に跳ね返されてしまうだけだ。僕らはもうお手上げだった。

「じゃあどうしようか?そういったって僕ら他に行くところないよ」

僕と究極Q太郎は、古いアパートの狭い踊り場のところで立ち往生し、途方に暮れてしまったのだ。