12-5

「思えばあれはイエスのような顔をした白人男だったのかもしれないな」

部屋の中に入れた僕は振り向きざま究極さんに言った。

「想像上のイエス・キリストというのは、ああいう顔をしてるじゃない。つまり、よく昔からある、絵に描かれてるようなイエスの顔だけど」

「なんか白人の若い男で、リベラルで文化的な感じで、学生かヒッピーかみたいなタイプの男って、あんまりにも典型的なアメリカ人にいそうな男だったんじゃないの?」

「うーん。それは典型的なタイプかもしれないけれども、よくいそうなそういうアメリカ人の男の多くが、元型的には、イエス・キリストの風貌を意識してるとか、そういうことも有りうるんじゃないの?」

「さぁ?でもそうかもね」

究極さんは苦笑いしながら受け答えた。もう冗句なんか楽しんでる状況ではないほどに、からだが疲れきっていて冷えていたということだろうか。もう一つのドアから入った時、ルームメイトの部屋の前を通った。マックのグラフィックデザイナーやってるというマイクが寝てるはずだった。もう寝静まっているのか、僕らが部屋に帰ってきたことに、何も反応するところがなかった。何か安心しきって静かに生活している住人の気配がそこにはあった。僕らの立場からは一瞬でもあんなにすぐ隣の場所でパニックになっていたのだが。アパートメントの住居に裏口のドアから入り、短い廊下を抜けていくとだだっ広い共有のリヴィングスペースが、暗い部屋の中に広がっていた。いや、預かった部屋の鍵は僕らが気付かなかったドアのものだったのだから、そっちがこの住居にとって表のドアであり、僕らが思い込んでいた昨日出ていった時のドアが裏であったのかもしれない。広いリビングスペースは、フローリングで木目の床の上がひやりとしていて、そして相変わらず寒々しいほどに何も置かれていないつるりとした平面だった。その平滑な床が暗闇の中に、窓から入る雪あかりを受けて、ぼんやりと光っていた。二人は、寒い部屋だと思ったが、それでも外側にいた時と比べたらまだ天国のように安全な空間だった。安全な空間を運良く僕らは甘受することができたという気持ちだった。部屋の隅の部分には、昨日と同じようにソファのクッションが数個転がっており、僕らが昨日使った毛布もそのまま残っていた。硬い床の上で僕らはそれをうまくひいて寝場所を作った。あんまりにも疲れていたので、もう僕らの間に余計な会話はなかった。硬い床の上でソファクッションを枕にし、そして毛布を被った。室内には沈黙が支配していた。外から聞こえてくるのは、雪がしんしんと降り積もる音に、時おり通り過ぎる車が雪を踏みしだいて走っていく時に立てる水溜まりを踏んだような水っぽい音だ。ぴしゃり。ぴしゃりと。時おり車が何台か家の前を通り過ぎているのがわかる。ブルックリンの夜は深夜でも微妙に動いている。この場所に在る時間とは、どこか意味のわからない方向に向かって移動しているのだ。外の光は、街灯のオレンジ色の光を雪が反射したものが、窓を通して部屋の中にまで入ってくる。そして隣の究極Q太郎は、間違いなく疲れ果てていて、もう眠っているのかどうかもわからなかった。彼の気分が不機嫌なのかそうでないのかもわからなかった。ただここで時間を待ち受けながら、いつの間にか自分の上にも自然な眠りが到来するのを待っているだけだった。