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ふらふらとしながら、午前中の白い光で明るくなっている部屋の中で、もう一度床に広がった毛布の元で倒れこむようにして横になった。目を瞑るとしばらく意識を失っていたようだ。いや意識を失うような勢いでもう一度睡眠の世界へと重力で掴まれるようにひき戻された。そして再び目を開いたときは、枕元から見上げると村田さんが立っていた。足元の方には村田さんの個室のドアがあり、村田さんはドアから出たところで窓から太陽の陽に浴びながら大きな伸びをしていた。両手を翼のように開き背筋をぐいと伸ばしている村田さんの姿で、彼女もどうやら今起きてきたばかりの模様だということがおぼろげに分かり、彼女はパジャマのようなトレーナーを着ていた。彼女は一晩仕事をしてきて朝方に帰ってきて寝て今起きたところなのだ。両腕を開いて胸を張り太陽の光に向けて伸びをしている彼女の姿は、張り出した胸の豊かさを下から見上げ、あらためて彼女は大きな胸をしているなあと、まだぼんやりした意識に沈みながら、無言で考えた。

僕の足元には彼女のルームのドアがある。村田さんは、ドアの壁に、いろいろ張り紙をたくさん貼り付けていた。それは日本の友人たちから送られてきたイベントのビラや同人誌の切抜きであって、究極Q太郎が作っている詩の同人誌から切り取って張ったものだとか、日本で遊んでいた場所や飲み屋の写真とか、そして僕も見覚えのある、「生まれてすいません」という大きく筆で書かれた文字を拡大したビラが張ってあり、揺れていた。この「生まれてすいません」の文字のロゴとは、僕もよく知らないが、同じロゴを黒いTシャツに印刷したものを着て歩いている友人たちの姿について、僕も記憶にあった。背中か胸に大きく「生まれてすいません」と白く筆の文字が入った黒いTシャツが、僕の周囲でも出回っていたのだ。それがどういう経由で作られ売られているTシャツなのかは僕もよく分からないのだが。村田さんの胸が思ったより大きかったという情報を中心にして、嘔吐した後にぼやっとしている寝惚けた僕の脳内ではそれら雑多な情報が瞬時にして駆け回っていた。大きく欠伸をし、目をこすりながら体を起こし、そして横にいた究極さんに聞いた。

「もう何時になってますか?」
「もう12時過ぎてるよ」

究極さんは、歯ブラシを口にくわえている格好で、歯を磨きながらそこに座っていた。歯を磨くついでに彼はマンハッタンの街で拾ってきた英語の情報誌を読んでいたが、僕が起きたのに気付いて答えた。

「くりちゃん、胃は平気なの?」
「うん。胃はさっきよりよくなってるんだけど、なんか体が熱でもありそうな感じで、ぼおっとしてるよ」
「昨日買った胃薬は飲んだのかい」
「一応、ゆうべも飲んで寝たんだけど。けど胃痛も症状がひどいときはすぐに効き目も消えてしまうね」

僕は横に立っている村田さんに聞いた。

「あのぉ、体温計ありますか?なんか熱あるかもしれないんだ。さっきはトイレで吐いちゃったし」
「うん。あなたは血を吐いていたね」

村田さんがさりげない顔でこちらを振り向いて答えた。

「あれっ?血を吐いたのが分かったの」

僕は言った。

「さすが。元看護婦さんだなあ」

さっきトイレで吐いた後には、汚さないように周囲を紙で拭いたはずだったのだが、僕の吐いた血の飛沫があの白いつるつるとしたバスルームには残っていたのだろう。村田さんの習慣的な目の付け所に鋭さを感じた。村田さんは自分の部屋に入り体温計を出してきて渡してくれた。僕は細長い水銀の体温計を脇に入れた。体温計を取り出してみたら37度台の後半くらいの数値だった。

「ちょっと微熱がありますね」

そう言って僕は体温計の細長い温くなったスティックを村田さんに手渡して返した。

「今日は大丈夫なの?」

まさに看護婦さんのような冷静で無表情な目つきで村田さんは僕に聞いた。

「ま、この位なら普通のうちでしょう。大丈夫ですよ」

僕は笑いながら答えた。