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CBGBの中に入ったとき店はまだ始まったばかりだった。店内の暗くした照明の下で、まだスタッフたちが忙しなく店の中の細かい調整で動いていた。男性スタッフが椅子の位置を変えていたりテーブルを拭いていたりオーディオシステムを調整していたり、女性スタッフがコーヒーやビールの仕込みをしていたりと。お客は僕らが最初だったみたいだ。僕らがカウンターに座ると若い女の子が応対してくれた。若くてノリのよい女性で、文字通り本当の、本場のヤンキーのお姉ちゃんだった。ヤンキーのノリ、調子、リズムというのは決して悪くないと思う。日本の隠語でヤンキーという時はまた別の意味を持つのだが、本当のヤンキーとはそれとは意味が違う。ただ明るく、どんな時でも楽観的で前向きであり、騒ぎが好きで、歴史的に、欲望を肯定することに最も合理的な手法を身につけた人達のことだ。細身の女の子は暗がりのカウンターの内で、青や黄や赤の原色のライトを薄く照明に浴びながら酒の瓶を整理していた。声はよく通る朗らかな響きでこの女の子の力強さを遠くからでも伺わせた。店内は入った手前にカウンターがあり奥には小さなイベントホールが広がっている。ホールの壇上では歌と楽器の調子をリハーサルしている男が数人がいた。練習しているのはカントリー曲だった。カントリーの曲とは日本で言えば演歌のようなものだ。バーに入ったらカントリーの曲を流しているバンドがいるというのは、アメリカにとって最も日常的な光景なのだろう。別にそれがニューヨークのこの場所でも違いはない。きっとこれが風景としては普通だということだ。背後はまだ慌しい気配の中を僕らは暗がりの中に出来上がっているカウンター席に腰を下ろした。細身でアメリカ人にしては小柄な女の子は働きながら、その動きの手際よさと美しさに感心させるものがあった。僕らが座ると、HELLO と慣れた声をかけてくれた。

「何人に見える?ぼくら」

「そうねぇ…あんたたち、日本人でしょう」

白人で黒髪で細身の女の子は腕を組みにやにやしながら答えた。

「オーサカから来たのかしら?」
「違うよ。トーキョーだよ」

僕は言った。

「正確に言えば東京ではない。いやこっちの人は東京だ。東京のナカノという住むには少し安い町なんだが。…」

と言って究極さんを指差した。

「それで、東京の隣にサイタマというのがある。ニューヨークの隣だってすぐニュージャージーじゃないか。川ひとつ超えたらジャージーシティだ。もっと向こうはペンシルヴァニアだ。大都会というのは大体いつも田舎に包囲されてるものじゃないか。…で、お姉さんはどちらの出身?」

「あたし?あたしはニューオリンズよ」

「へぇ。いいねえ。素晴らしい。ニューオリンズかあ。ジャズの町じゃないか。」
「そうよ。ニューオリンズは音楽の町よ。イェーイ!」

そう言い放って彼女はポーズを作って片手を上げ胸を大きく反らした。

CBGBのカウンターで働く細身で元気のいい女の子はニューオリンズの出身だった。会話の途中に、イェーイという声をからだの仕種を交えてやたらにアクセントのように入れる。別にふざけているのではなく、そのように語ることがアメリカ人では普通の仕種なのだ。表現の一つ一つに身体的なアクセントが加わりやすいところが、アメリカ人の所以なのだろう。日本人よりもそれは表現が濃く感情的な付加も大きい。

CBGBというのはすごい場所だ。いや。きっと昔はすごい場所だったのだろう。今のことは知りません。でもこの店のことは日本でも有名なんだよ。」
「そうね。お客には日本人多いわよ。」

「僕が思うに…かつてCBGBでやったすごいギグではスティーヴ・ベイターとディヴァインの共演があった。僕はそれをこの店のホームページで見たよ。スティーヴベイターを知ってるかい?DEAD BOYSをやっていたStiv Batorsだ。」

「名前は知ってるわ。一応」

彼女は首をすくめるようにして肩を狭め両腕を曲げてから手の平を返して見せた。それは、私はよく分からないがという意思表示をするときアメリカ人がよくやる仕種のあれだ。

「でも詳しくは知らないわ」

「かつて、ロックヒストリーで最強のパンクロッカーとは誰かといえば、それはデッド・ボーイズのスティーヴ・ベイターだ。僕はそれを確信している!」

横ではそれを聞きながら究極Q太郎がクスクス笑っていた。

「ディヴァインは分かるかい?映画のピンクフラミンゴに出ていたディヴァインだ。巨漢でいつも女装しているQueerのDivineだ。CBGBではかつて最強の変態が二人共演したという大事件があったはずなんだ!それはきっと歴史的な事件だった」

「オーライ…ちょっとウェブを確認してみるわね。」

彼女はカウンターの奥にあるPCでCBGBのサイトを確認しにいった。

「本当ね。確かにあったわ。スティーヴベイターとディヴァインが二人で写ってた」

戻ってきて彼女は言った。