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フライドチキンの店は入ったら注文カウンターの他に中で寛げるような場所はなく、そこには小さくて座ったら悲しくなってしまいそうなほど空しく見える、粗末なテーブルと椅子が二、三並べられてるだけで簡素な店だった。だから店の中で休んでいるというわけにもいかず、店の中に入ってしまったもののしょうがないから僕は何か注文を頼んだ。店の中に入っても暖房の力は弱く外にいたときの寒い気持ちから救われる気分にはならなかったわけだが。これだと日本の郊外の駅前に大抵あるようなマックやケンタッキーの店が懐かしくなる。簡素とはいえそこには一回店の中に入ればしばらくは寛いでいられるような椅子とテーブルは大抵用意してあり、それなりに待ち合わせだろうと時間潰しだろうと多様な用途に使える店内がサービスとして普通に提供されてるではないか。ニューヨークの町というのは、特に生活の微に入って貢献してくれるようなそういう具体的なサービスの配慮について、特に貢献しようという積りもないのだろうか。何か欠けているというか、細かな思考、細かな配慮が放棄されている町だという気が、ここまでのところずっとしてしまう。公共的な空間の具体的な豊かさ、具体的な配慮というものに、人々が振り向いて気を使えるような空間が、みな削ぎ落とされているような気がする。そしてとにかく一歩外に出ると徹底的に寒い。今は冬から春先にかけてだから寒さでそこら中が張り詰めているが、これが夏ならば暑さでそこら中が麻痺してしまっていることなのだろう。・・・とかそんな事をくよくよ考えていてもしょうがないし、店の中に入って立っているままなので、早くカウンターの上のメニューからオーダーを選ばなければならないと思った。何か安いものを一品か二品でよかったのだが、コースになっているパックのメニューからしかここでは選べないようだった。チキンとチリビーンズとポテトとコーラのセットを買って、村田さんのアパートで開けて皆で突ついて食べればよいかと思った。カウンターの中にいる制服の店員は、黒人の少年だった。僕はメニューから選んで頼もうと思ったが、英語で言おうとしたとき何かもたもたしてしまったのだろうか。細身の黒人の少年で店の制服として小さなキャップも頭につけているその少年は、何か不審者でも見るような怪訝な目つきで僕のことをじろじろ眺めていた。何か自分の態度に変なところでもあったのかと、その少年の顔つきを見て一瞬不安に思ったが、要するに、接客ということで、ニューヨークの店では特に店員のほうが気を使うような慣習というのが多分ないのだろうと思い当たった。

日本のこういう店と比べれば、このフライドチキンの店は、極度に店員の態度が悪いのだ。日本的慣習ならば、店員の教育が悪いということで一致できるだろう。あるいは僕が日本人だから、そして英語を喋るのに躊躇っているようだから単になめられているのかもしれない。しかし客のほうに店員が露骨になめてくるというのは、どうも頂けない態度である。それはこの黒人少年の店員が特に悪いというのではなく、ニューヨークではファーストフードの店員でも接客がちゃんと為されないというのは、慣習的にいって普通の事態なのだろう。特に接客に過度な気を使わせるような気配がない。僕の喋る英語も心許なかったのかもしれないが、この店員の態度とは、ずっと僕に喧嘩を売ってるような感じなのだ。目つきにしても口ぶりにしても落ち着きのない体や手の動作にしても。僕がメニューから商品をなかなか選ばないで迷っていたというのもあるかもしれないが、逆にこんな変な応対で店員に取られると、こっちのほうから怒ってクレームをつけたくなるような事態だった。このとき僕は気持ちの憤慨を破裂させることはなかったが、金を払い商品を渡されるまでの間ずっと、ここの店員の態度は酷いものだった。こういう風に見知らぬ第三者には冷たくあたるというのは、何かニューヨークの郊外に住む層では一般的に共有されている人間の冷たさなのだろうか。そんな気もする。まさに殺伐とした感じの人間関係の感覚である。しかしこれもまた、ニューヨーク的であり、アメリカ的であるということの一部であるのかもしれない。

日本人の性質だって、外国人がそれを本当に知ることになるのは、ある種集団的な体質の中にある日本人的に特殊なイジメの体験を知ってからのことになるのだろうし。

寒い夜中に入った店で、料金を払うとき店員にあんな酷い顔をされたら、むかついて拳銃を取り出してぶっ放してやりたくなるとか、あるいは逆に、店員のほうで、この客に来たやつがあんまりにも不審だからと思って、商品を出す代りに拳銃を出してやるとか、そういうことはこの環境ならば常習的に起きていて何の不思議もないだろうという気がしたものだ。パックになったフライドチキンのセットを受け取って、この殺風景な店の中にとても長居などしたいとは思わなかったし、外に出ればそれで氷のような冷たい外気が覆ってるだけだし、なんとも為すすべのない絶望的な店内だなと思っていた。しかし、特に時間を待つこともなく、店のガラスの外に、マフラーをぐるぐる巻きにして部厚いコートを羽織った日本人の女性が現れた。村田さんが、彼女の特徴的なパーマをかけている長い髪をライオンのように靡かせながら、冷たい空気を切って、肩をいからせるような大胆な歩き方をしながら颯爽と現れたのだ。村田さんは息をきり、口から吐く呼吸は夜の中で白く鮮烈な色を見せていた。見ていると逞しくなるような村田さんの登場だった。僕らはほっとした。そして救援隊に助けに来てもらったときのような安堵感を持った。異国のこんなに冷たくて寂しい町中で、知り合いの女性と再会できるときの嬉しさよ。僕と究極Q太郎は顔を見合わせて安堵の表情を持った。