5-1

「どうも・・・久しぶり・・・」

挨拶をしたとき村田さんの顔はあんまりよく表情が読み取れなかった。そう簡単に自分の感情を表に出さないのが彼女の性質だったのかもしれないし。しかし根は情熱的だし楽観的な性格だということも既に知っているので、自分の感情を出してよいまで他人と打解けるには少々時間のかかる人なのだろうという気もした。突然のように訪れた僕と究極Q太郎が内心どう思われてるのかまでは、最初にブルックリンの駅前のフライドチキンの店で立ち話した時には推測できなかった。夜だし外は暗いし人の表情の綾はよく読み取れない。動きの回転の早いと思える村田さんのリズムに任せて勢いよく店を出て行った。

外の道はとても寒いのでゆっくり歩いている余裕などなく足早に急き立てられるような勢いで三人は夜道を突進して行ったら、曲がり角を折れたところにすぐ村田さんのアパートへと到着したみたいだ。造りは古めかしいアメリカ式のアパートメントである。こういう古いアパートメントは通常アメリカでは石で出来ているのだろうかと考えた。高さは5階建てぐらいあるだろうか、しかしこういう風のニューヨークの建造物とは、もう古くに作られた建物をずっと改造しながら世代を超えて使っているという感じだ。遠くからはよく見えなかったが目がなれて建物に近づいて見た時に一瞬ぎょっとしたことがあった。暗がりの中でアパートに近づいたときに分かったのだが、アパートの周囲には何重にも鉄柵が張り巡らされていてあって、柵の一つ一つには鉄の鍵がついており、アパートの中に入るため、村田さんはその鉄柵の一つ一つに鍵を入れてぐるりと力強く回していき、入っていった。セキュリティの徹底ぶりにはちょっと驚いた。こんなに普通の住居でもセキュリティのために厳重で神経質に張り巡らしているのが、ニューヨークでは基本形なのかと思った。エントランスの階段を上がり、建物の入口にはいる前に二つぐらい鉄柵を潜った。何かごわごわとして痛そうな鉄柵だった。暗闇の中で凍てつく寒さの中だが鉄だけはぬるぬると黒光りして存在感を示しているものだ。アパートの入口は小さくて狭くそして古めかしいものだった。中に入ると上まで狭い階段で続いている。昔の時代ならこの大きさのエントランスとこの小ささの階段で事は足りたのかもしれないが、現代人にとっては幾分物足りない大きさの出入口の規模かもしれない。しかしこういう石のアパートに狭くて急な階段が内部に続く様子というのは、既に映画の中では何度も見てきたような、向こうの生活の風景である。アメリカやヨーロッパの映画によく出てくる庶民的な生活の風景そのものが目の前にあるのだと言ってよい。村田さんの部屋は三階だった。僕らは今の時代にはとても狭くて急な傾斜に思える階段をのぼっていって案内された。