主体性論と自由論

渥美清の『拝啓天皇陛下様』

秋が来た。静かな夜更けである。しかし台風が来ている模様である。大きな台風でとても速度が鈍いという。そのうち天気が崩れそうだ。雨が降るたびに夜の静けさは増していく感じだ。涼しい夜更け。何か物寂しいくらい。時間は静かだ。深夜から野村芳太郎の映…

戦後日本社会の過剰なものの実在−松崎明vs鈴木邦男

ちょっと興味を引いた本のタイトルを見つけて図書館で借りてみた。『鬼の闘論−いでよ変革者 松崎明vs鈴木邦男』(創出版)という対談本である。05年に出ている本だ。松崎明といえば、あの動労だった松崎である。映画、パッチギ2の冒頭のシーンでは、74年の…

『硫黄島からの手紙』−自己否定の起源

太平洋戦争の末期に、日本の本土はもうアメリカ軍に踏み込まれようとしていた。日本にとって本土を守る象徴的な拠点になっていたのは、太平洋に浮かぶ孤島、硫黄島の存在である。この島に特に資源があり経済が存在するというわけではなかった。ただ硫黄の匂…

ケン・ローチの『麦の穂をゆらす風』

ケン・ローチは主にこれまで、労働者階級的な生の側面からリアリズムを抽出してきた作家である。イギリス人映画作家としてのケン・ローチが維持してきたのは、社会主義的視点とリアリズム的視点である。彼の新しい作品、『麦の穂をゆらす風』において彼が切…

アラン・バディウ『倫理−悪の意識についての試論』

しかしそれにしても「現代思想」というジャンルはどこへいったのだろうか。終わったのか。あるいは最初からそれは存在していなかったのか。あんまりチェックもしたことがないのだが、近年に日本でも翻訳されて紹介されてきたはずの何人かの新しい名前という…

三つの普遍性

ジジェクは普遍性を巡る様相について、それが三つの普遍という種類に分類して見ることができると述べている。 これまで見てきたような行き詰まり状態が教えてくれるのは、を織りなす構造が、一見したよりも遥かに複雑だということである。この普遍であること…

欲望された普遍性−普遍性を欲望するための二つのケース

自己否定 → 普遍性固有名 → 普遍性 しかし、普遍性を固有名によって可能にするとは、どのようなことをいうことになるのだろうか。ここには、普遍性概念を維持してきた宗教の歴史にとって、ある異和を発生させる契機が必ずや含まれることになるものだ。柄谷行…

神と他者の意識

超越論的動機は、「旅」や「探検」への動機とは異質である。つまり、差異や多様性を体験したいという動機とは正反対である。だから、レヴィ=ストロースは「旅と探検家がきらいだ」と書きだすのである。だが、超越論的動機が、「旅」や「探検」と切りはなしえ…

モーゼのイメージ

一般に、世界宗教は、偉大な宗教的人格によって開示されたものだといわれている。しかし、そのような人格と弟子たちとの関係は、けっしてフロイトのいう「感情転移関係」をまぬかれるものではない。つまり、世界宗教も集団神経症によってのみ可能なのだ。だ…

超越論的動機=ブラックボックス

1. 世界宗教の「始祖」たちの出身は、オブスキュアである。いいかえれば、彼らは共同体が保証する根拠をもっていない。彼らは、シャーマンではなく、英雄でも天才でもない。つまり、彼らは共同体の物語や言説から逸脱している。しかも、それに明確に対立して…

権力のゲームと普遍性概念の所在

1. 権力批判として現れた世界性の観念も、いつでも再び権力の側に転じうる。どちらがより包括しうる大きな世界性を示しうるかというのは、それ自体権力の交替を巡る社会闘争の条件になる。一次的に権力の立場から誇示された世界性を、ネガティブに転じること…

世界性の起源

1. 他者と対峙するにあたって、宗教的に問題を見るやり方として、まず大前提としての、1)他者を殺してはいけない。 という一次的なる根源命法があり、2)しかし実践的には、他者を殺さなければならない。(そういう時も必ずある。)しかしそのとき行為の宗教…

世界宗教の問題

1. 柄谷の定義する他者とは幾分、特殊な他者の規定を用いている。 『探究Ⅰ』において、私は、コミュニケーションや交換を、共同体の外部、すなわち共同体と共同体の間に見ようとした。つまり、なんら規則を共有しない他者との非対称的な関係において見ようと…

柄谷行人の『探究』の成立

1. 柄谷行人にとって、過去に自分が書いた認識を撤回するとは、どのような条件によって可能になっているものなのだろうか。そこには幾ばくかの不思議が残っているのだ。我々がもう既に、よく知るとおりに、柄谷行人の軌跡とは揺れ動いてきた。言った事を変更…

グッバイ、鶴巻町−精子ちり紙で拭く

左翼的思弁性の形而上世界に対して、そこに本当に唯物的なリアリティが入ってきてしまうことは必ずしも幸福な事態とはいえない。形而上的思弁性の維持のためには、現在のリアリティをある意味、見ないですましてしまえる思弁性のシステム、常に未来の革命、…

奴の悪循環

鎌田哲哉は『構想と批判』におけるスガ秀実論において、「奴の悪循環」というポイントからスガ的批評の特徴を論じている。スガ的なロジックの性質とは、まず批判すべき問題となっている対象の論理構造内において、そこでは何が「内−外」の分割として組み立て…

白紙の散乱としての68年革命的症候群

映画「レフトアローン」にとって最も核心的な問題構成にあたる部分とは、鎌田哲哉とスガ秀実との対談にある次のような部分であるのだろう。 鎌田「坂口安吾は「イノチガケ」や何かで、「穴つるし」というキリスト教を弾圧する技術に何度も言及しています。つ…

アンダーグラウンド

津村喬らによって70年を境とする頃に作り上げられた左翼活動のスタイルとは(それは早稲田大の出来事が中心的な舞台になっているといってよい)、そのまま今のノンセクト・ラディカルと呼ばれる左翼のあり方まで連続性をもっている。彼らがこの時期に作り上…

身体論的支配の構図

山間部の温泉町の空は灰色で雨が降っている。車のフロントガラスに降りかかる雫をワイパーが小刻みに拭取りながら、陰鬱な空の色をフィルムが捉えつづける。草津の温泉町で昔、名を馳せた一人の活動家が気功の医院を営んでいる。彼こそは時代的な闘争がもっ…

真理を告げる嘘のチャイム

戦後のヒューマニズムは虚偽や暴力やといったものの責任を、人間性の内部にではなく、外部の制度に見出そうとしていた。本来的に善なるものとしての人間性を抑圧するのが制度であるという見方がひろく普及していた。その結果人々は、自らの善性を証すために…

解釈としての『人間的な、余りに人間的な』

西部邁は部屋の中で、スガ秀実を前にして親切に自分の過去を語っている。西部はスガを前にして語りながら、同時に嬉しそうな感じだ。若い頃の左翼的体験を前提として、結果的に「保守」という概念を見出したという西部邁の自説である。社会は本質的には変わ…

『敵対的買収』の思想

2005年二月、日本の経済界に事件が起こった。インターネットの中から出てきた新興企業、ライブドアがニッポン放送の株の大量取得に成功したというニュースが流れた。株は時間外取引によって知らぬ間に取得されていた。ライブドアの社長、堀江貴文は記者会見…

経済闘争の本質

もちろん地域通貨を前提にした新通貨を発行したところで現実にはそれが実体的な価値をもって流通することは難しい。新しい共産主義=経済的革命の基準を地域通貨に据えたところで、その現実性というのは覚束ないものだろう。その点については岩井克人がNAMの…

経済革命とコミュニズム

柄谷行人のヴィジョンにとって、共産主義革命とはもちろん経済革命である。資本主義の進化に適応できなかった宗教が−あるいは宗教の中の宗派が−自然淘汰されて負けて終焉してきたように、共産主義の存在においてもまさにその原理があてはまる。 しかし共産主…

宗教の進化論と資本主義

近代ヨーロッパの社会では、資本主義化が合理的な歴史の進展としてシステムにとって明らかなものであるということが了解されてきたとき、そこでそれまでの社会の精神的な原理としての彼らの宗教、キリスト教の解釈の仕方においても、合理主義的で新しい切断…

廃墟としての左翼

法政大学の学生会館。もういつ当局から取り壊しになってもおかしくはない古い建物であり、学生たちによる占拠(=学生の立場からいえばそれは「自主管理」である)が為されてから相当の時間も経っているものだ。学生たちはこの市ヶ谷の学生会館がまだ建設中…

疎外論の時代

疎外論の時代とは日本では60年代のものであったということができる。疎外論は時代の流行でもあったし、認識論的なコードまでをも一時期覆ったのだ。疎外論とはその単純なわかりやすさ故に繁殖力も強かった。目の前に与えられた直接的かつ具体的なる現象につ…

主体性は強度を求めて荒野を目指す

松田政男−1933年生まれで日本の左翼現代史についてその生き証人ともいえる、活動家であり評論家であったこの人は、フィルムの中で元気な姿を見せている。もう七十を超えているこの老左翼人は、昔ならば確実に老人といわれただろう人生の境位に到達しているに…

イメージと左翼

ウォーラーステインは『反システム運動』の中で次のようにいう。 世界革命はこれまで二度あっただけである。一度は1848年に起こっている。二度目は1968年である。両方とも歴史的失敗に終わっている。両方とも世界を変化させた。両方とも計画されたものではな…

スガ秀実の『LEFT ALONE』

2005年2月にスガ秀実を扱った映画「レフトアローン」が劇場公開になった。この映画は六八年革命論というスガの自説を中心にして日本の「左翼」というイメージにまつわる作家から活動家までを彼のセレクションによって選定し、各人のインタビューを中心に構成…