渥美清の『拝啓天皇陛下様』

秋が来た。静かな夜更けである。しかし台風が来ている模様である。大きな台風でとても速度が鈍いという。そのうち天気が崩れそうだ。雨が降るたびに夜の静けさは増していく感じだ。涼しい夜更け。何か物寂しいくらい。時間は静かだ。深夜から野村芳太郎の映画『拝啓天皇陛下様』を見ていた。1963年の松竹の喜劇映画である。まだ若い頃の渥美清が主演している。やはり若い長門宏之と出ている。日本の軍隊の映画だ。昭和の時代、戦前から戦後にかけての軍隊という場所を巡るエピソードとして人間模様を描き出している。

この映画は、日本の近代が軍隊という制度によってどのように平均化と集権化を経て、日本人の勤勉で真面目ともいえる体質を今に至るまで特徴付けていたのかを垣間見ることのできる映画である。日本人的真面目さの起源と、それが近代化の段階で軍隊という媒介項を経て大きく敷衍され、それは日本人的組織の全国的に平準化された特徴として、軍隊における平等主義の精神として定着されたものなかという、性格形成の歴史的プロセスの痕跡を見出すことができるだろう。渥美清演じる男は貧しい村の出身で無学である。字も碌に読めないので軍隊では「カタカナ」と最初に綽名された。いろんな仕事を渡り歩いたがうまくいかず軍隊に入ってきた。軍隊で初めて組織的な訓練から基礎教育的なものを学ぶことになる男を演じている。

いわばそれは本来義務教育で為されるべき人間的な基礎トレーニングを、集団生活から読み書きまで含め軍隊で学ぶという主人公の姿なのだが、昭和初期において田舎の地域にどの程度の義務教育的過程が普及していて、改めて軍隊で人間的な訓練を学ぶという登場人物の姿がどの程度に妥当性があるものなのかは、実は映画にとってよく分からない。しかしそれまで浮浪的な無産者として様々なる労働現場を渡り歩いてきた男が、軍隊に入ってはじめて平等な人間的組織の体制に入り、勤勉さ、労働の習慣、集団生活について一から学んでいくという話に仕立てられた喜劇である。

この軍隊によってはじめて人間の平等さが与えられ、共同的な集団生活の意識を持てるようになるということは、近代国家における軍隊の意義として見出されるものだ。例えば現在の論調でも、「希望は戦争」という形で若い人間の浮遊的な層、フリーターの中から、日本の再軍備化によって日本人の間の平等観念を取り戻せという論が出て来たのだが、若き日の丸山真男がそこでひっぱたかれたというエピソードに見るように、近代において国民間の強制的な平等というのが実現された空間というのは、軍隊の制度と徴兵制によってもたらされたものであったという経緯がある。

渥美清の演じる軍隊生活の描写の中に、軍隊の秩序によって日本人的組織の基本的な形態が、それは今でも根強く生き残っている、集団的体質であり勤勉さの形としてその原型をもっているのが覗われる。戦争の後には、こういう集団的労働の体質というのは、学校の部活の中に生き残っている。軍隊に入るとそこでは先輩後輩の上下関係というのが無意味にはっきりとしたものとなる。先輩は後輩に対して無意味に命令的である。人間の上と下という関係が規律としてはっきりしたものになっているが、それはしかし出自によるものではなく、軍隊的な平等の理念に基づいて相互間の上下関係が決定している。このような体験は近代の初期において、軍隊の制度によって国の成員にはもたらされたものである。そして軍隊が解散し軍事的なものの力が弱くなった日本の戦後においては、その性質は学校の中によって組織論として生き残ることになったのだ。

軍隊的規律と学校的規律とはこのように共通する根を持っている。日本人の性質を決定付けてきた近代のプロセスにおいて、先輩後輩の強固な観念など、それはもともと日本的な軍隊によって基礎付けられた規律だったのだ。例えば、アメリカはじめヨーロッパの組織論では、先輩後輩的な上下関係の区分は殆ど無意味なものとして機能していない廃れたものであるが、日本人の組織においてはこの無根拠な仕事上の区分けとは結構根強いと思う。先輩と後輩の区分を上下関係として持つことによって組織的な労働の連結を潤滑にするという方法だが、これが本当に能率的な組織体質なのかは分からないが、日本は欧米的な考え方よりも、この無根拠な上下関係に依拠して今までやってきて、独自の効率的な労働生産性を上げてきたのだ。

映画で渥美清の演じる男は、終戦を迎え軍隊から抜けた後、やはり再び浮浪的な性質が戻ってきて、何の仕事をやってもうまくいかない。ちゃんとした仕事を持って何とか所帯を持ちたいという夢を抱きながら、その直前で悲劇的な最期を遂げるという話になっている。天皇陛下万歳というとき、そこに国民の絶対的な平等性を見て、倫理観念において過激に純粋であった男が、軍隊から現実生活に舞い戻った後に、何処にも自分の居場所を見つけられず、泣き笑いしながら散ってゆくという粋を描いたストーリーになっている。

野村芳太郎が描き出したこの純粋平等の観念とは、おそらく監督自身も意識していただろうが、後に戦後的な平等の観念として日本では展開していったものであり、映画の登場人物として出てきた兵隊たちの息子とは、その後大学での全共闘運動を担うような世代となる。天皇の存在に対する誤読と誤投影が、日本人の道徳性におけるある規律的体質、軍隊的な意味での真面目さを形作っていたものであり、戦後しばらくの期間は、左翼運動の性質の決定まで含めて、この奇妙な真面目さが、原型を支配していたものであることを、よく記録的に伝えている映画になっている。

しかし勿論、現在において平等の観念を再生させる事において、天皇のような観念を必要とするわけではない。天皇も違うしそこで軍隊によって古典的平等観を取り戻すというのも違うだろう。というよりも、既に我々はこの古典的平等の観念には戻れないところに存在してしまっているのであって、『拝啓天皇陛下様』の中にあるのは、物悲しい苦しく悲惨な状態の中に見え隠れしていた希望の稀有なイメージのノスタルジーでしかない。違う平等、新しい平等のイメージというのがどのようなものであるのか、「希望は戦争」=新しい軍隊というイメージではないやり方で、それを見出すことは、課題であると思う。しかし、映画『拝啓天皇陛下様』が史実的に明らかにしている次元とは、平等、規律、労働という今でも我々が普通に持っている観念において、その慣習的な取扱い方の起源では、何処かに軍隊的なものの記憶を持っている。何かの闘争ということが問題となるとき、そこには常に平等についての古典的なイメージが呼び出される。闘うという体勢を持つ契機においてしか、その空間性は開示されないのではないかという条件である。これは映画の最後の渥美清の死におけるように、人間にとって、いささか残酷な気付きの到来の条件なのだろう。