柄谷行人の『言語・数・貨幣』(1983年)

  • アラン・ソーカルによって、知識の示し方における欺瞞性としてポスト構造主義の何人かの思想家が批判されるという事件は、90年代の終り頃に起きている。ソーカルニューヨーク大学の物理教授であり、主にそれが自然科学の用語の濫用にあたるというものだった。しかし日本の文脈においては、同じソーカルの言ったような思想の記述を巡る問題性とは、既にずっと早くから、明瞭に指摘されていたものといえよう。何もソーカルの批判、知の欺瞞を待つまでもなく、ポスト構造主義の持つ傾向については的確な批判が指摘されていた。ソーカルの批判は、それをより明確に科学的な水準で我々に了解させたというだけで、同じ問題とは、もちろん最初からあった問題であったのであり、それをどう批判し乗り越えるかという立場を示すロジックとは、日本の文脈で、非常に明瞭な形式で指摘は為されていた。柄谷行人の次のような指摘を見てみよう。

「形式化」は、ポスト構造主義の言説を非特権化するのに役立つだろう。すでにいったようにいったように、ポスト構造主義は、どんなレトリックをもちいようと、数学的構造そのものが排除していたパラドックスをべつのかたちでとりかえすことでしかない、ということにさえ気づいていない。そのために、彼は自分が何ごとかをやっているという錯覚を楽しむことができる。いうまでもなく、われわれの関心はゲーデルの変奏を証明してみせることにしかない。そのような仕事は一度やれば十分だからである。
(序説 基礎論)

  • 柄谷行人は80年代の初頭から「形式化」を問題にしはじめる。『言語・数・貨幣』の前提になっている論文として、81年の「形式化の諸問題」があげられる。彼が最初に問題にしていたものとは、貨幣論であり価値形態論であったのだと告白している。貨幣の問題がより抽象化を経て形式化の問題へと至り、それは言語、数、貨幣というレベルにおいて、一般的に基礎付けているものを見出すという思考の問題へと導かれた。そのような形式的な一般体系の建築的な基礎を見る試みを、基礎論と呼び、マルクスからソシュールカントール、 ゲーデルフッサールへと、同じ試みの連鎖した形式として、19世紀から20世紀にかけて起きた知的事件が連鎖的に呼び出され、その同一の位相について検証されることになる。
  • 形式化とは何を意味するのだろうか?そして形式化が発生し必然化するための条件とは何なのだろうか。柄谷行人にとって、形式化とは異なるジャンルを横断的に見て渡せるための、抽象的な手段であり武器であることが示されうる。数学におけるヒルベルト形式主義、文学批評におけるフォルマリズム、さらに形式主義とは一方では記号論理学として展開され、セミオティックス、サイバネティックス、として存在するのである。これらは意味が異なるものとされているし、また無理に統一する必要もないのだが、これらは相互に連関しあっているのだということを示していくことになる。フッサールにおいて形式化の試みとは、現象学的還元の方法にあたっている。それは意味や対象といったオブジェクティブな世界を括弧に入れることであり、逆に主体の側から、心理的な自己を括弧に入れる場合は、超越論的還元というものになる。
  • 問題なのは、形式化が何故問題になるのか?ということである。柄谷行人は、それは特権的なものを非特権化するのに役立つといっている。それまで自己にとって特殊で取替えの効かない障害と思われいた障壁も、何かの認識を与えられることによって、その障壁自体を相対化することは可能である。つまり自己にとってその障壁とは、何も特殊な遭遇ではなく、一般的な構造から必然的に導き出されてきたものであるということを知ることにより、問題認識の幅がより社会的な次元に向かう。形式化が必然化する場面とは何処で生じるのか。そして形式化が相対化する営みだとして、それは主体の認識をどう導くものなのか。
  • 絶対的だと思われていた対象を相対化する、そのときここにしかないと思われていた重みは、別にそんなことはなく、実は交換可能なものであったことを知ることができる。それは主体と場所の関係にとって、自由を与える。移動を与える。形式化していくこととは、主観にとって特権的だと思われていた領域を、終りにすることである。それは数学の立場からも、経済学の立場からも、言語学の立場からも、絵画の立場からも、音楽の立場からも、文学の立場からも、横にパラレルな形で連鎖的に起きていったものである。
  • それでは形式化の行く末とは何なのだろう?形式化作業を推し進めた結果、その果てには何が見出されたというのだろうか。ニヒリズムだろうか。いや、柄谷行人の示すところ、形式化の作業の先にあるものとは、貨幣の発生であるのだ。それは、対象を変換する試みが現象として拡大することから、交換の体制を一般化し、社会的に立ち上がらせる。交換の多様化し活性化していく運動の先にあるものとは、交換の一般体制としての、貨幣の発生に導くものとなる。形式化とは、異なるジャンル間の交換によって促進されるし、より形式的な洗練をされていく。形式化の営みと、その横では交換の活発化は不可分の現象である。貨幣の発生、あるいは貨幣交換の、ジャンルを超えた浸透とは、それ自体で、増殖する価値体系となり、増殖する価値の運動となって社会的に現れるだろう。

変化のパラレリズムを示すものを形式化とよぶとすれば、さしあたって、特性は次のようなものであるといってよい。第一に、それは、いわゆる自然・出来事・知覚・指示対象(referent)から乖離することによって、人工的・自律的な世界を構築しようとすることであるり、第二に、指示対象・意味(内容)・文脈をカッコにいれて、意味のない任意の記号(項)の関係(あるいは差異)の体系と一定の変則規則をみようとすることである。さらにいえば、そのような還元によってとりだされた形式体系は、それ自体のなかに一つの背理をはらみ、「形式化しえないもの」を逆説的に指示するということができる。

  • 形式化の営みとは、それ自体が存在にとって何かの暴力でもありうる。対象や領域、そして意味にとってみれば、形式化によってそこに絶対的なものが奪われ、交換可能な相対的なものとされることとは、重みを失い、何らかのレベルで暴力的なものを伴い、場合によっては痛みを伴うものでもある。しかし何故それはそれでも、形式化が為されるのだろうか。また時に、形式化が強引に敢行されるのだろうか。対象の存在とは、いかなる物に対しても交換不可能であり、回収されること、カテゴライズされることとは、存在に対する暴力であるとして、主張される場合があるだろう。しかし、対象が如何なる物とも変換不可能として開き直ることとは、それ自体がありふれた凡庸なニヒリズムである。
  • 何にも自己が、交換しない、されないと開き直ることとは、結果的には現実の社会的な変化過程と社会の流動過程=即ち運動性の次元を見落としていることになる。自分が主観的にどう思い込みを持とうと、それが社会的である限り、もう気が付かないうちから交換の運動、そして資本の運動には巻き込まれているのである。社会的であることとは即ちそういうことである。何にも交換不可能とする純粋主義的な開き直りとは、それ自体が意識の欺瞞にしかならない。そして結果的には、何にも交換不可能と開き直ることとは、裏返しには、逆にあらゆる交換と、物の上にあらゆるメタファーを走らせることと同じことになってしまうことだろう。それは絶対的に交換不可能な存在であるのだから、逆にあらゆるメタファーによって語られ交換され、純粋さを犯されようと、構わないものとなる。(ドゥルーズ=ガタリの立場とは基本的にそういうものである。DGの場合は意識的に選択されている、そのような二重性の立場である。それは無自覚に、交換不可能の看板を出す開き直りとは、最初から全く異なっている。)それは自己の身体の上に、ありとあらゆる可能なものを走らせ、交錯させるのだ。