ディランとバエズと新小金井

新小金井という小さな駅をご存知の方は、どのくらいいるものだろうか?武蔵境から西武多摩川線という小さな線が出ている。それで一つ目の駅だ。地元の人の利用者、学校は僕のいた高校ぐらいしか通学に使う者はいないのではなかろうか。それと野川公園まで行くのに、そこから歩くのが実は一番近いのだが、しかしそれを知ってる人も少ないだろう。昔、僕が高校を卒業する頃のことだが、そこの駅前の路地に、品揃えの大変マニアックな貸しレコード屋があった。小さな店だったが、通を唸らせる店。ちょっと小柄でお洒落な、ディラン風のファッションに身を包んだおじさんが開いていた店だ。僕のようなものにとっては有難い店だった。84年で、高校卒業したかしないか位の時期だったが、ちょうどその頃は家庭用のビデオデッキが普及しはじめた頃で、レンタルビデオ屋が出てくる直前ぐらいだったのだが、その店のおじさんに頼むと、レアなロックのビデオを、500円ぐらいでダビングしてくれたのだ。貸しレコード屋の名前は、ドリーミン。今思うと結構すごいベタな店名だったと思う。店のおじさんにディランのレアなビデオをダビングしてもらった。1976年のライブである。ローリングサンダーレビューと命名されていた有名なディランのライブツアーで、レコードアルバムでも『ハードレイン』というタイトルで出ている。ツアーの随行日記をサム・シェパードが『ディランが街にやってくる』という本にして出版もしている。これがディランの絶頂期で歴史的な頂点にあたっている演奏だろう。ローリングサンダーレビューのツアーとは一部、マイナーに映画化もされてはいるのだが、このライブで最も素晴らしいのは、コロラド大学で行われたもので、それはテレビ放映が撮られていて、日本では当時にNHKでも流されている。このNHKのライブを録画したものをダビングしてもらったのだが、この映像は、いまだに一部のブートレッグでしか入手できないもの、しかしディランの最高傑作のライブであるには間違いのないものなのだ。(だから早く公式にDVD化して発売して欲しいものだ。)何度言葉を尽くしても語り尽くせないほどに凄いライブなのだが、ディランの横にはジョーン・バエズが現役で元気満点に動き回り活躍している。エミリー・ハリスも出てくるし、ロジャー・マッギン(元バーズ)やミック・ロンソン(元デビッド・ボウイのバンド)もギター参加していたりして、バックのメンバーも感動ものなのだ。ローリングサンダーレビューでは、ディランが生涯で唯一ハードロックに染まっている姿も見られるし、ジョーン・バエズとの弾き語りフォークでも、完熟しきったデュエットの完成度が素晴らしかった。ウッディ・ガズリーの作った曲をディランとバエズで熱く歌っている。新小金井の駅前で渋い貸しレコード屋をやっていた兄ちゃんは、しばらくして少し奥の場所に、トミーボーイというロックバーを開いた。このロックバーにも、かつて僕はけっこうお世話になったものだ。僕の生活がこの新小金井界隈から遠のいて、90年代の終わりに車で訊ねてみたとき、もうこのロックバーはなくなっていた。あの渋いロック通のおじさんは、その後どうしたのかも知らない。おじさんは会う度によくファッションが変わっていて、店の奥で一人で静かに収まっていた。静かな自己満足がそこにはいつも充溢していた。小さな駅にあった小さな店の日々で、穏やかな出来事だった。