ジョニー・サンダースの『BORN TO LOSE』

青山真治の新作映画のタイトルは『サッド・ヴァケイション』というそうだが、それのトレイラーを見たら思った通り、sad vacationとは、ジョニー・サンダースの曲に因んだもののようだ。そういえば、ジョニーサンダース自身が出演もしたNYのマイナーな映画で『WHAT ABOUT ME』という映画が、以前にあった。僕はビデオで借りてみたが、白黒の作品で、レイチェル・アモーディオという女性監督の作品だった。主演も彼女自身がしているのだが、木訥として不器用な井出達の女性である。図体も不用意に大きすぎる感じで、不器用に動く女性で、しかし何か自分の美意識には、こだわりを持っている風だ。アパートを追い出され、ホームレスになり、同じような境遇で知り合った男性と不確かな愛情も抱き、そして暴力を振るわれたりしてさまようが、交通事故に遭ったり、何かいつも場所に適応できずに外し続け、貧乏くじを引いている。

運命的不幸の相を担ったような、そして重荷を引き摺って歩くようなスタイルが美学化している風情の女性像を演じている。わかりやすいイメージの女性だが、その彼女が横に歩き続けていって進行する具合が、妙に反復的な快楽になっているような映画だった。最後は一人の男性に、自由の女神の像の下まで連れてってもらうが、日向ぼっこをしているような感じで、眠っているのかわからないような静けさの中で、ひっそりと男の横で死んでいくという話だった。最後にかかったのが、ジョニーサンダースのソロでも後に他にカヴァーされて有名になった曲で、You can't put your hands around Memoryをアコースティックギターで弾き語っている音楽だ。全編が白黒の物悲しさで占められている映画だった。レイチェル・アモーディオとはNYのアンダーグラウンドシーンで活動している映画作家で、ジャームッシュジョナス・メカスと繋がっている。

ジョニー・サンダースはパンクロックの歴史にとって象徴的なヒーローであり、彼の感受性から生き様が、最もパンクとして純粋だったものとして語られている人である。ニューヨークドールズのギタリストから始まり、芸術的なセンスとしてのパンクを身をもって生きた男として、彼のオマージュは慕われている。彼は91年にニューオリンズでヘロインのオーヴァードーズで死ぬが、その直前には日本公演をしている。ジョニーは38才だった。sad vacationの曲も、バンド演奏されたものとアコースティックに弾き語られたものと両方残されているが、青山真治の映画で使用されているのはアコースティックヴァージョンの方みたいだ。

ジョニーのイメージによって、パンクロックとは結局、それが魂にとって一個の純粋主義だったことを示している。彼の示したコンセプトとして最も有名な曲が『BORN TO LOSE』である。彼が何故パンクヒストリーの中で最も清らかなイメージとして語り継がれているのかといえば、その自己から常にはみ出し続けた、自己の枠組みから外れ続けた、脱自的な欲望の在り方が、自己の最も尖鋭化された充実体を目指しながら、結果的に跳ね返ってくる自己否定的な現実の在り処を、身をもって示し続けた。自己を獲得しても、またすぐ天性のアバウトさ、流れに身を任せる適当さ、自然任せからその自己を取り逃がしてしまう、自己の焦点を常に外し続けている−意識的にも無意識的にも、その破滅的な美意識と自己運動の形態において、パンクスとしては最も敬愛される欲望の姿として、彼のイメージはずっと輝き続けている。ジョニーが死ぬ少し前に、日本公演のステージで、彼と同世代の日本人、清志朗と一緒にBorn to Loseを歌っている映像が残っている。

johnny thunders - born to lose