80年代ベルリンに地の底から湧き上ったマイナーロックの音、そして天使の詩

ヴィム・ヴェンダースの音楽の趣味が面白いことはよく知られていることだろうと思うが、1987年の映画『ベルリン・天使の詩』で使用された多彩な音楽の構成に感銘を受けた者も多いはずだ。ベルリンという多様な想像力を掻き立てる街において、そこに通底すべし音楽も、街のアングルの切り取り方によって、それぞれ異なった種類の音楽が幾つも生まれいずるような、多面体の都市としてのベルリンの姿が、そこでは色んな角度から切り取られた。空中から見下ろすベルリンには、歴史的な都市に相応しいその厚みを持った音がクラシカルに、アンダーグラウンドからベルリンを撮る時には、都市の中の野生の生態といえる、パンクな乱雑さの中から、機械的な電子音から、歪んだギターのノイジーがざわめく様から、町の中の襞のように窪んだ場所に、そこに巣食う人間達の生の息吹を、コンクリートの裂け目から救い上げるように拾い集めていた。ヴェンダース的観察による都市的人間像の生態のコレクションである。

印象的だったのは、ヴェンダースがベルリンを描写するのに相応しいものとして選んだ、地下的で前衛的なロックの生態が、実はオーストラリア出身のロックミュージシャン達の奏でる音だったことであり、都会のコンクリートに囲まれた窪んだ空間に、外気とアスファルトの冷たさを縫うように集ってきた人々の構成している暖かい一部としての空間が、静かに、淡々と、そして秘められた中にも激しく、エレクトリックの歪みと野蛮なドラムビートによって暖められ興奮した息吹を噴出している有様だった。外気の寒さからオーバーコートに身を守るようにして、その場所に辿り着いてきたヒロインは、厚いコートを脱ぎ、全身を委ねる様にして、その重い、ノイジーな単純反復としての、アンダーグラウンドのロックの響きに酔いしれて踊っている。聞こえているのは、Crime & The City Solutionの"Six Bells Chime" 。このシーンは、この重要な映画の中でも、最も印象深かったシーンの一つであった事は間違いなく、肝心のベルリンの町の天使のほうは、まだ彼女の耳元に近づきながらも、直接語りかける勇気は持たずに、代わりに日本人の、観光客とも見紛うほどの表面的な登場人物たちが、ベルリンの夜の具体的な興隆する様を目の当たりにして、いかにも表面的な驚きを、ベルリンの深さと遭遇する手前において、日本語で囁きあっている声が漏れている。

この見事な場面でマイナー音楽を演じているのは、クライム・アンド・シティソリューションというバンドであって、次のベルリンのアンダーグラウンドと遭遇のシーンで出てくるニック・ケイブと、最初に一緒にやっていたバンドから分岐したバンドであり、最初のバンドはバースデイパーティといって、オーストラリアでデビューした、パンクの後にやってきたマイナーロックを演じるバンドであった。ストーンズルー・リードから通過して、このマイナーロックの音楽と遭遇しているところが、やはりヴェンダースが最もロックに詳しい人材の一人であり、高度な判断能力を持つ映画監督であることを物語っている。そして80年代までの世界にあって、最もラディカルであったのかもしれないベルリンのアンダーグラウンドシーンを彩る音楽として、このマイナーロックを、ベルリンの地下室と対置したセンスとは、その適確さに感嘆するしかないものだ。

クライム・アンド・シティソリューションの音楽が際立っていた時期とは、バースデイパーティを解散し、メンバー的にはニックケイブのバンドと人が入れ替わるようなことが多かったのだが、重要なギタリストとして、ローランド・ハワードが音のアレンジに関わっていた時期であり、ローランド・ハワードが抜けてからは、バンドの音からも強烈なファクターは消えていくことになる。空を仰ぎジム・モリスンのように陶酔して歌うボーカリストの隣で、煙草を口に咥え、ヨロヨロとふらめきながらもバンドの音を外から観察して見ているといったギタリストの姿が、この80年代におけるマイナーロックにとって、最も重要なアレンジャーの一人であったハワードの姿である。80年代のベルリン、まだ壁のあった時代におけるベルリンにおいて、最も重要な描写を撮りえた映画としての、『ベルリン・天使の詩』である。そして寒い都会のアンダーグラウンドの発する熱に最も相応しい音楽を演じれたバンドとは、このマイナー音楽としてのロックを編み出すことに成功させたバンドだったのだ。

Crime & The City Solution "Six Bells Chime"