老荘思想とポストモダニズム

道教のテキストを読んでみて驚くべきことは、それがポストモダニズムの論理そのものを既に実現していたということだ。老子によって基本理念が出来て荘子によって大成されている道家の体系である。そういえばタオイズムということで80年代にはやはりそれなりに道教は一部思想的ブームになっていたような記憶もある。「脱力」とか「まったり」とかいう形容詞を語るなら、しかもそこの所をそれなりに突き詰めて捉えようとするなら、道家のテキストほどその世界について綿密に体系的に導ける世界もない。しかも古代中国の段階で既にその体系性が完成されていたというのはやはり凄い事実ではある。

道教とは補完的な世界像として、戦乱や競争に疲れた人々を慰める世界像として存在してきた。それは大概において社会の傍らにマイナーなコミューンを形成するに止まった。日本では平安時代の段階で空海によって、道教は批判され排除されている。道教というのは、カルト的でヒッピー的なコミューン思想の原典としては世界中で読まれることも多い。しかし老荘とはその本質においては決してオカルトではないし、生き方としても決してマイナーではない。

老荘自然主義において、一方の反動性はある意味明瞭である。政治の複雑な葛藤には背を向けたがる姿勢も正当化されている。いわば主張としてのノンポリの元祖としても老荘を見ることはできる。しかし別の方面から見れば、最も諸子の中で合理的に物を考えていった末に到達される、人間の幸福の次元とは、おそらく老荘の中に見出される。幸福論という基準を曲げないで幸福論に最も忠実に考えていった結果、老荘イデアがある。

国家の建前としては、あくまでも儒教や仏教の真面目さと勤勉さの方を採択する。道教は人から野心とか欲望とかを奪ってしまう。ある意味向上心や野心における偽善とは、別のタイプの偽善が道教では支配しやすいということでもあるだろう。欲望を小さくすることによって苦しみも解脱しようという発想になるからだ。

荘子によって説かれた理想とは結局、「小国寡民」の思想である。余計な情報や手段を人民に与えるから国は混乱するのだ。だから最初から人民に対して情報を奪ってしまえばよい。そうすれば国はうまく治まるという話になってしまう。老子の提示した根本的理念とは「無為自然」である。できるだけ己を捨て欲を捨て余分な衝動を捨て去ることによって、人は優しくなれるし共同体もうまく治まる。この表面的な標榜だけ聞くと老荘の世界とはなんと反動的なのだろうとも見える。

老荘とは、調和と肯定を旨とする思想である。大義名分によって否定の運動に巻き込まれるのを最も嫌う。小さくても肯定の力によって自然に同化して生きようとする姿勢である。老子のテキストに道家は始まるが、老子は確かに神秘主義を基調としていて、だからオカルト思想的な色彩も否めない。しかし老子の理念をベースにして展開した荘子のテキストとは、もっとそれを合理的に、唯物論的に、説明的に論理的根拠を広げていったものになっているので、読んでいて納得されるところが大きいのだ。これは対応する現象として明らかに現在的なポストモダニズムを先取りしている。

「逍遥遊」という荘子の概念がある。これは人間の営みを、遊びの上に最終的に位置づけることによって、生成の最も厳密な次元を見出そうとするものである。人間的営為の妙とは、最終的には労働ではなく、遊びのうちにその生成力が位置づけられるのだ。これは哲学史的な真理の到達としても正当だし、西洋哲学の到達とも等しい境地である。(『ミルプラトー』の中にある労働と遊びの論考を見よ。)老荘とは最初から意識のうちにではなく、無意識の力に大きく委ねる事によって自然力を取り戻そうとする姿勢なのだ。

諸子百家の論争の中で、儒家から法家から墨家といった論争を積み重ねていった上で、現在の思想的問題性とまさに同じ問題がそこでは浮上していき、また現在と似た要領でもってやはり最終的に残る論理というのが選択されていったという過程が見える。

労働の問題ということでいえば、墨家の説は既に現代史で共産主義にあたるような内面倫理や強迫的義務の問題を持っていたし、倫理や徳を持つことを巡る人間的限界性ついては、儒家から法家の問題が既に充分に展開できていた。様々な偽の問題が強迫的に人間の生を義務的な強制力の幻影をもって襲いかかる、国家と共同体のさざめく覆い被さる生の中で、純粋な幸福の確保とは、幻影に惑わされない倫理的リズムの生とは、どのようにして可能なのかという問いについて、既に老荘の体系が答えているのだ。

スローライフとかエコライフとかいうとき、それほど元は老荘に起源を持った観念もないのだ。ポストモダニズムの完成態あるいはその結論というのは、既に紀元零年前後の中国の思想的で実践的問題として、そのケーススタディを調べ綿密に確認することができる。老荘というのはこのように何度でも繰り返される境地である。歴史の中で人々は、ふとしたことで何度でも老荘のポイントに振り返り立ち止まって検証せざるえない。日本でも現在の西洋社会でも、老荘が読まれうるのは、何かカルト的なコミューンの思想として、オカルト的なエコロジーの源流のようなものとして読まれてしまうことは多い。

しかし最終的には、どのような生き方をしてきた人であろうと、老荘の境地として示される最もシンプルな幸福論の境地を、何らかの形で参照せざるえない。それだけシンプルでありながらも当然な存在と幸福の位相が、あらゆる気負いを廃した上で、老荘の境地の眼によって、下から見上げるように凡てを捨て去った気持ちで眺めやる瞬間は、必ずや到来するのだろう。

また老荘とは偽善という意味でも、現在的な偽善のスタイルをいち早く先取りしていたと云えるのだ。頑張らないという素振りさえもある種の偽善である。老荘を読み込むことによって面白いのは、老荘の限界とは人間的善意の究極の限界をも無意識に含みこんでいる記録だからである。ポストモダニズムの悟り済ましたような微笑の偽善という、また別の偽善の問題が人間には必ずあるのだ。

現在の問題として、ポストモダニズムの主張ももはや簡単に飽和したものである。だからモダンとポストモダンの両方と共存しながら現在の人間たちとは生かされざる得ない。この現実性は明らかである。老荘のテキストとは、歴史的に言っても無視して通り過ぎることのできるテキストではない。ポストモダニズム的な幸福論の実相を包摂し前提にしなければ、もはや決して世界の全体像は見えて来ないからである。

それは新しいタイプのエコでスローな偽善主義に飲み込まれない為にもである。老荘を別に鵜呑みにしろとは、僕は言ってない。ただこれは確実に偉大なる反面教師の見学なのだ。