ラカンからレヴィ=ストロース

最近ラカンとの繋がりからレヴィ=ストロースを読んでいたのだが。そういえばこの人まだ生きているのだ。1908年生まれである。ずっと20世紀の思想が生まれ死んでいく様を見ていたのだろうが、この位まで生きているとどんな気持ちがするのだろうか。来年で百歳ではないか。というかまだ本を読んだり議論したりできる状態にいるのかもわからないが。まだ今でも日々の情報やインターネットにも興味あるのなら大した話かもしれない。

レヴィ=ストロースの最初の体系的な論文は「親族の基本構造」である。49年の本だが、原始的な部族における女の交換構造を明らかにしようとしている。つまり婚姻規則の解明であり、それはincest taboo=近親相姦の禁止によって、家族と家族の間の交換の構造が生まれている。このインセストタブーの体系によって、親族とはそれよりも大きな部族の体系として出来上がるのだ。インセストタブーとは、自然状態から文化が生じるための決定的な飛躍の為されるポイントだと考えられている。自然と文化を分かつ境目に、人間のインセストタブーの形成がある。インセストタブーは何故あるのかわからない。何か生物学的な根拠があるのかどうかについては、その決定的な根拠はない。それは自然発生的な、女の所有権を巡る共同体的な規則の構造として出現する。ここで見出される一般的コンセンサスとは、交叉イトコ婚であって、平行イトコ婚の回避である。親族間の婚姻規則とは、内婚よりも外婚的な展開形態をとる。外婚制は親族を拡大させる。交叉イトコ婚には、父方交叉イトコ婚と母方交叉イトコ婚に分かれる。母系制社会では父方交叉イトコ婚であり、父系制社会では母方交叉イトコ婚である。父方系では、婚姻が選択的な形態になりやすく、これは母方系では非選択=規定婚になりやすい。

親族の基本構造で示されているのは、互酬制の概念である。贈与に対する御礼の強制力として、共同体の暗黙の交換と強制力、即ち義務や空気の次元が生じている。ここでは、互酬的な段階では、儀式的な交換行為において、選択権や自由は与えられていない。共同体の掟に従うことは強制力である。そこにある原初的な交換形態に対して、共同体成員にとっての自由はまだ存在していない。そこに既にある交換形態について、選択的な自由が生じ始めるとき、はじめてそれは互酬から意識的な交換行為として把握されうる。互酬もやはり交換の初期形態であったが、選択的自由の生じる以前の最初の交換であり、最初の強制力であり、共同体的な義務形態である。交換とは、最初の形態としては、限定交換である。交換形式が通用するのは、最初に限定的な部分の交換からはじまるが、この交換の幅が広がってくると、やがてその交換対象において、一般交換の次元が生じることになる。貨幣とは、一般交換の成立したところに生じる。

社会的な営為の根底に、交換を見るという考えは、レヴィ=ストロースによって体系的な説明が為されている。もちろん、レヴィ・ストロースの前提になっている考えはマルクスである。マルクスは、交換によって経済の体系が生まれ、貨幣が生じ、資本の体系が出来上がる社会過程を見た。それは交換の不可避性を明らかにすることによって社会構造を解明しているわけであって、別に交換を嫌っているわけではない。交換を悪だと考えているわけではない。しかし共同体的なタブーとして、交換を悪と見なす発想が、どこかで必ず生じる。交換を悪と見なすことに、根拠がないわけではない。それは貨幣によって物の価値が還元され、「カテゴライズ」されることを否定しようとする。特に経済行為を批判する領域に生まれる宗教的な禁忌、道徳的な禁忌として発達する意識である。しかし、人間関係の根底にあるのが交換であることを見ようとしないことは、贈与と返礼の形態も、また一つの硬直した、暗黙性と、直接言ってはいけないというタブーの中にある、最初の交換形態であることを見ることを妨げるものとなる。

レヴィ=ストロースの親族の基本構造において、互酬制、そして限定交換から一般交換への飛躍という、決定的な概念が出されているのだ。本来、レヴィストロースという人がかつて、いかに重要な仕事を為した人かというのがわかるだろう。インセストタブーとは、人間の関係にとって、個の同一性と領域的発達の不可避性を示している。そして人間的営為の根幹にある交換の領域について、本当にそこで行われている交換について、最も肝心な交換については、直接名指してはいけないという禁忌によって、贈与と返礼という幻想で、そこの穴が覆われているということが理解される。贈与幻想の不可避性とは、この本当に肝心なものについては直接言ってはいけない、という現実的なタブーの実在によって基礎付けられているのだろう。

柄谷行人は、「探究2」の最後で、これを「贈与の交換」と呼んで批判し、乗り越えの対象とした。そこから後に展開することになる、彼の社会運動に対する意味づけが為されているが、結果においてそれは、アイロニカルな形での「贈与の交換」の絶対性を証明する有様にしかならなかった。彼の作った運動体においても「贈与の交換」の暗黙の優位性と不文律=タブーの形成は揺るがなかったのが現実である。しかしこれはやはり、相変わらずのニヒリズム的な現実である。「贈与の交換」=つまり、本当の交換については常に暗黙でなければならない、直接それを言ってはいけないという掟形成の存在から、何故人が逃げられないのかが、更に強固な形で明瞭化したのだが、しかしそれを相対化していく自由は、まだこの先に開かれているとも考えられるのだ。