トランジスタラジオ

RCサクセションは70年代にフォークバンドとしてデビューしてから相当メンバーチェンジを繰り返し、バンドのスタイルも大きく変わってきた。結局80年代の末から休止状態に入り実質的には活動停止したものだ。トランジスタラジオとは、清志朗の書いた歌詞の観点からも、RCの中でも特に面白い曲の一つだろうとは思うが、このビデオを見るに付け、RCのやっていた事とは何なのだろうかと改めて分析的な視線を注ぎたくなる。まずある時期から、要するに70年代の終りから、清志朗とチャボの二人は明瞭にストーンズを意識して真似をはじめる。しかしRCの宿命としてどうしてもストーンズに成り切れない部分が残るのだが、結果的にはそれがRCの独特の持ち味として、よいハーモニーを生み出している。トランジスタラジオだったら、曲の構造の骨格にあたるギターリフは、この当時のピストルズの影響として、そのままパンク的にストレートで大雑把なストロークを刻み反復させるものだ。そこにすかさず重なっているサックスのフレーズ、キーボードのサポートは、もうそのまま、J・ガイルズ・バンドのノリである。J・ガイルズ的な軽妙さのロックンロールフレーズが、所帯的なバンドとしてのRCサクセションの雰囲気をうまく纏め上げている。それでヴォーカルに清志朗が入るとき、メイクと動きはストーンズだが、その歌詞をよく聴いてみると、日本的なフォークの延長上にある意味性であり、日常的牧歌性をほのぼのと切り取るものとなっている。この大雑把な混合性がRCサクセション独特のレンジの広さ、懐の豊かさになって新たに生み出し直されて、日本のここにしかない独自のロックスタイルとして、出来上がったものである。これが日本のロックというもので、日本の80年代だとは、このもはや古めかしいビデオ画面の奥から、改めて確認される。追憶の、豊かさが自明なものとなって溢れ出た時代の記録である。トランジスタラジオにおいて、この名曲が完成されたとき、日本の伝統的情緒性とロックが、初めて見事に融合することに成功したのではないだろうか。これは結節点にあたる、そんな歴史的一曲となっている。日本の伝統的な情緒性とは、これの以前にはあらかじめマンガ的なものとして、既に現代化的な融合が出来上がっていたものである。日本ではマンガ的な簡素化と省略化が、ロックにその後合流するための前提となっている。