BLONDIEのNY的マニフェスト−Dreamin is Free

NYの歴史的なライブハウスCBGBにとって、70年代は記録的な時代となっている。ロックの基本形式を決定する上で、最も前衛的な実験が為された場所として記憶されることなる。77年以降、ロンドンを中心にしてパンクロックムーブメントが起きるとしても、既にその前提となるスタイルとは、NYのCBGBを中心とした空間で出揃ったものだった。

セックスピストルズの前提となっているのはNY出身のバンド、ニューヨーク・ドールズである。70年代に最初、NY的な環境を背景にした都会的なロックンロールのバンドとしてニューヨーク・ドールズは出てきた。女装し厚化粧した井出達でライブハウスに現われ、政治的、哲学的な内容が織り交ぜられた曲を演じる。前衛的で未来的なスタイルを取り入れたロックンロールの現代化され単純化されたスタイルは、最初NYで発生した。このNYドールズを仕掛けたマネージャーが、マルコム・マクラレンであるが、ドールズが一定の成功を収めてからバンドが解体したのを後にして、ロンドンに渡り、ジョニー・ロットンらを捕まえて新しいコンセプトのバンド、パンクロックとしてのセックスピストルズを立ち上げたものだ。

ロンドンでパンクムーブメントが出現した前提は、既にNYのモードにあった。ロックンロールを限りなく単純化していく傾向は、ロンドンに輸出されては、ロンドンの空気にあった傾向として政治的で左翼的な性向が交じり合い、そしてもう一方ではファッションの運動が交じり合い、それらはロックの新しいムーブメント形式としてパンクロックのスタイルを登場させた。60年代に、クラプトンやジェフ・ベックらによって、ロンドンでロックの基本形が発明された時も、その前提となって彼らにコピーされたものは、アメリカのロックンロールであり、黒人音楽のリズム&ブルースであったのだが、70年代の後半にあっても、やはりロンドンで出現した新しいムーブメントの形式は、その起源をアメリカの新しい文化に負うものであったのだ。ピストルズの場合であれば、NYドールズの直接的なスタイルの影響の他に、デトロイト出身で、最初はドアーズのスタイル、ジム・モリスンのスタイルを意識してコピーすることから始まっているイギー・ポップの前衛的なロックのスタイル、実験的で単純化された独自のロックのスタイルが、顕著に意識されている。

これらアメリカにおける前衛として、最も機能した場所がCBGBだった。CBGBを活躍の舞台としたアーティストには、60年代からの前衛芸術運動の流れを持続するルー・リードから、パティ・スミス・グループ、テレヴィジョン、NYドールズ、デッド・ボーイズ、ブロンディといったものがあった。パンク、ニューウェイブ、テクノといった、ロックの新しい波、実験的な形式は、NYとロンドンの相互的な干渉波の中から生まれ立ち上がってきたものだ。

ブロンディの場合、セクシャリティのスタイルのパンク的な展開として面白いものがあった。マリリン・モンロー以降のシンボリックなセクシャリティとして、決してモンローのような肉体的豊満さをベースにしなくとも、もっと普通の感じの女の子が、ある種のスタイルを通過することによって、前衛的なパンクとして、新しいセクシャリティのイメージを実現することになった。それを時代的に示したのが、デボラ・ハリーのキャラクターであるが、彼女が最も彼女らしいパンクスのイメージを演じた事件として、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『ビデオドローム』の出演が挙げられる。

クローネンバーグのビデオドロームは、既にヴァーチャル世界の成立における、奇妙な新しい現実感の感覚と不気味な陥穽の存在というのを、80年代の時点ですべて先取り的に感知し描き出している。クローネンバーグ的に素描された、ヴァーチャルワールドの独自の不気味さと魅惑とは、インターネット社会の現実化した今の世の中、2000年以降の世界の状況こそを、如実に言い表せるものではあるのだが、80年代に始まったビデオテープの流通、交換の社会的背景に潜む不気味さの中から、ビデオドロームという仮想の残酷世界が、現実に対して妄想的な侵食を始め、やがて登場人物たちを破滅的行動に追いやるというものだった。不思議なレンタルビデオの流通があり、その不本意に手にしたビデオの中では、ブロンドの美女(デボラ・ハリーが演じる)が張りつけにされていて、本物の殺人にまで至る儀式が演じられている。裏ビデオの流通として、ビデオドロームの取引が為されている。ビデオドロームの発信元は南米であるという。この謎のビデオドロームの存在を追いかけていく男が、仮想世界の奇妙な反転の中に、現実だが妄想だが区別付かない形で巻き込まれていくものであり、最後には自分もビデオドロームの一部となり、ビデオドローム的殺人の一端を担っていたというものである。この映画で、テレビの画面の中から飛び出てくる、仮想世界の中から機械の亡霊のようにして語りかけてくる謎のブロンドの美女を、デボラ・ハリーが演じているわけである。

サイキック・ホラーでサイバーパンクとしてのデボラ・ハリーのイメージも素晴らしいのだが、しかしブロンディの活動のビデオを、今になって改めて見ていると、NY育ちでNYの空気が染み付いているようなこの女の子の存在は、元々、いかにもNY気質の、超楽観的で逞しい生命力を備えた、一見どこにでもいそうな普通の女の子であったことがわかるだろう。しかしこのアンビギュラスな彼女の表情の中には、人知れず、奇妙な空想的イメージを膨らませることのできる、個性的な思考力に溢れていたのだ。今になってみて、それを改めてビデオの中の彼女の若かりしイメージから、発掘しなおせるものだ。

Blondie - Dreaming

ブロンディにとって彼女のグループを、NYローカルな世界に止まらず、世界的なものにしたのは、78年の『HEART OF GLASS』の成功であったことは言うまでもない。単なるテクノに止まらず、この曲はディスコとしてもパンクとしても融合しえた、独特のグルーブ感の発明として、ブロンディの大ブレイクを起こしたのだ。