UNDER PRESSURE

デヴィッド・ボウイは1982年にクィーンと共同して一つ、曲を作っている。『UNDER PRESSURE』である。クィーンとボウイが共演することの意味とは何だったのだろうか。QUEENというバンドは、ロンドンに端を発する、70年代に、いわゆるハードロックというジャンルの展開にとって、形式化を成立させ、それまではまだ過度に単純であるか、あるいは過度に複雑であるかのどちらかに偏っていたロックの楽曲の在り方に、それが一定のわかりやすい安定した形式化として、商業的な流通からメディアに乗りやすい一定のリズム、ノリとして、ハードロックのスタイルを一般化することに寄与したといえる。

ハードロックと呼ばれるジャンルはクィーンによって完成されている。クィーンが前提としてコピーして意識していたのは、初期のツェッペリンであり、ディープ・パープルであり、クリームであり、それらはロンドン文化であったが、アメリカ経由で言えば、ポール・ロジャースのフリーのスタイルなどである。過度に複雑になりすぎて、ロックが分かりづらくならない、メディアの流通にストレートに乗れる、大衆的な動因力をロックによって獲得できる形式とは、クィーンによって、ロック形式の洗練化として現われ、ハードロックの大衆化、市民化として為されている。

クィーンが世界的に成功した理由とは、この数学的に緻密だともいえる、形式化と抽象化の能力である。元々、クィーンの生い立ちとは、ロンドンでインテリの集合したバンドだった。ギタリストのブライアン・メイは、大学院で宇宙工学を研究していた。クィーンの楽曲の精密な構成は、このブライアン・メイの数学的能力に負うものである。ドラムのロジャー・テイラーは生物学の専攻だし、ベースのジョン・ディーコンは電子工学を専攻していた。ボーカルのフレディ・マーキュリーはアート系であったとはいえ、楽曲を作るセクションは、このバンドにあっては理系の知識を総動員したようなものである。故に、クィーンの楽曲は何度も聴いていて飽きさせない、精密で巧妙な仕掛に充ちていて、構造には耐久性があり、基礎がしかっりしているのだ。フレディの場合、オペラやクラシックに関する豊かな素養があり、数学的構築のクィーンの楽曲の上には、これらオペラ、クラシックの音楽史的総合が、高度に為されるものとなっている。このクィーンの音楽の歴史的深みが、クィーンを支持したリスナーの幅広さを生んだものだ。

70年代に、ロンドンを代表しうる、メジャーなロックの形式化を実現した、クィーンとデヴィッド・ボウイという二つの才能が合流し、共有しうる一つの強力なコンセプトを、80年代の初頭に練り上げる。それは『UNDER PRESSURE』である。この曲の出来も素晴らしいものだったが、文化的なシンボルとして、そこからボウイとクィーンの辿った軌跡とは、ともにセクシャリティの次元に関わるものとなった。フレディはゲイであった。

フレディ・マーキュリーは、80年代の半ばに、HIVの感染が判明した。以後は、HIVとの闘病の過程として、フレディを囲みながら、クィーンの音楽活動は続くことになる。92年のバルセロナオリンピックに、フレディ・マーキュリーは参加予定だったが、その前年91年に、ついにエイズの発病で死んでしまった。フレディはバルセロナに音楽だけ提供したが、そのオリンピックの終幕は坂本龍一の指揮で締め括られたものだった。

クィーンの音楽に染み渡る、強さ、そして耐久力のエネルギーとは、フレディのような大らかなキャラクターが孕む、脆弱さと反発力の二面性による浮き沈みを、バンドのメンバーが支えながら、構築していったものであり、そのドラマチックな人生の軌跡は、ある種の普遍的な力として、彼らのレコードの中にも深く刻み込まれているものだ。クィーンの音楽を聴いて感動するものは、レコードの中からそのようなアンバランスと高揚感と、そこを楽天的に乗り切っていくパワーを見出すのである。クィーンは、デヴィッド・ボウイと合流することで、更にその力と輝きを増したのだといえよう。

92年にロンドンのウェンブりー・アリーナで行われた、フレディ・マーキュリー追悼コンサートは素晴らしいものとなった。クィーンに影響を受けたミュージシャンが、世界中から一同に勢揃いしたのだ。もちろんコンサート中盤の盛り上がりで、デヴィッド・ボウイも登場し、かの曲『UNDER PRESSURE』を、アニー・レノックスとのデュオで熱唱することとなった。その素晴らしいステージの記憶は刻まれたのだ。

QUEEN , DAVID BOWIE,ANNIE LENNOX "UNDER PRESSURE"

ボウイもクィーンも一切登場していないのだが、最初に作られたこの曲のPVもなかなかイカシてると思う。最後の方で登場するマンガの像が、楳図かずおっぽいのが、なんとも心に沁みるという感じだ。