岸信介の孫といえば・・・

安倍さんが結局首相になった。安部さんに順番が回ってくることは殆ど決まっていた事態でもあったのだろう。小泉さんのパフォーマンス能力で演出し切った象徴主義的な政権が終わって、次の内閣には岸信介の孫にあたるという安部さんが立つことになった。テレビのニュースでは、昔の白黒のニュース映像の中で、孫を二人自分の肩の辺りに這わせて戯れながら語っている、岸信介の姿が出ていた。そのときの幼い坊やが、今の安部さんなのだ。

今時の政権交代の方法とは、ワンポイント内閣という。一つの政権によって大きな一つの法案を変えて通すことによって、その政権は交代する。そのようにしてうまく国民の批判を逸らしていきながら、思惑通りに法案を通していこうというシステムである。保守的な政権与党の側からは、歴史的に考え抜かれた老獪な知恵の結果ともいえる狡猾なシステムでもある。小泉内閣のテーマとは、郵政民営化法案を通すことであり、その目的は通ったのだ。それで次の内閣は懸念の消費税増税内閣になるのかと、最初に僕は思っていたのだが、どうやらこれは憲法九条改正を通すための内閣になりそうだという話である。

安部さんというひとは岸信介の孫である。岸信介の孫ということで、一つ個人的に思い当たる話があるのだ。あれは僕が高校を卒業をしてすぐの頃の話だった。1984年の春、五月頃の出来事だった。高校で一つ上の先輩だったひとで、今は東京の某区役所で働いているYさんと二人で、ミニコミでも作ってみないかという話になって活動した。目ぼしい人を見つけてインタビューを取っていた。内申書裁判という事件を通して中卒でそのまま市民的な政治の世界で活動家になった当時の保坂展人さんにインタビューをしにいった。僕と先輩は身分上は大学浪人だった。しかしお互いに鬱屈を持て余していたので連絡を取り合って一緒にツルミ始めたのだった。

結局そのミニコミは出ることはなかった。しかし1984年という年は僕にとっていろんな意味でメルクマール的な年ではあった。僕が高校を卒業した年である。しかしそれは決していい意味でのメルクマールということではない。恐らく他の何処よりも楽天的な高校時代が終わり、社会の陰影にある側面、現実であるが故に悲劇的な側面というのに、そこからリアルに遭遇することになったという意味で記録的な年代なのである。先輩と僕は二人で様々な人に会いにいった。いわゆる左翼活動家を見つけて会いにいった。活動家の集まっていそうな場所に訪ねていったのだ。保坂展人のインタビューをしたのは、代々木の共産党本部横の喫茶店だった。その喫茶店の前の雑居ビルの二階で狭いスペースに当時「学校解放新聞」という媒体の事務所があった。そこでいい気になって討論しているうちに、場所の空気を覆してしまって追い出された。

その当時に、あれは何処で出会った人だったのだろうか、もう覚えていないのだが、僕らより年上の東大生の活動家と会って、彼の家までついていった。彼は湯島あたりのアパートに住んでいた。教育問題の活動を自認していた。たぶん当時24、5くらいの年齢だったのではないかと思う。木造アパートだが、部屋の中はなかなか豊かな生活ぶりを窺わせた。オーディオセットがあって本棚には本がぎっしり詰まっている。当時に出回っていたマルクスエンゲルス選集が全部揃っているのを見て、さすがだな、いいなあ、と思ったのを記憶している。

田舎の訛りの残る喋り方をする東大生だった。背は高くないが、がっちりした体つきだった。柔道っぽい感じの体だった。冒頓とした喋りだったが話を長く聞いてると相当しっかりしている、堅そうで安定した感じが伝わってきた。しかしやっぱり、表面的に理路整然とした彼の語りの中で、真面目ではあるのだろうが、それ以上に過剰になる輝きのようなもの、魅力を醸酵したり、活動自体に懐疑的な視点や超越的な視点を持たせてくれるような閃きというのは感じなかった。それは不協和音的な輝きというのを、当時の僕が探していて、それが見出せなかったということだろう。彼のような人材の中に。いわゆる優秀な感じの人だった。地方出の優等生というところである。

地方から出てきた豊かな東大生の本棚を羨ましげに僕は眺めていた。僕も早くこんなに沢山の本が読めて所有できるような身分になりたいなあ、と。当時よく出ていたマルエン選集は確か大月書店のもので背表紙がベージュのシリーズである。これ全部読めたら、どんなにか自分の世界観が変わるのだろうか?そんなことを僕は夢想していた。それで、そのとき確かその東大生が、僕の付き合ってる女性が実は岸信介の孫娘なんだ・・・と語っていたと思うのだ。岸さんといえば、安保闘争の有名な敵役である。その孫娘と付き合ってる左翼活動家ということで、話が面白かったのを覚えている。懐かしい記憶の中にある、活動家のアパートである。あの人はその後どんな道筋を辿ったのだろうか。