デビッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』

マルホランドドライブの映像がどうにも頭から離れない。妙にあの中のイメージがこびり付いている。頭の中で反復しているのだ。デビッドリンチは映像屋の技術者としては完成されている。ヒッチコックの後継者にあたるのだろう。もともとマルホランドドライブはテレビのシリーズものとして企画されていたのだが、製作の途中から劇場用映画に切り替わったものらしい。ツインピークスもテレビの連続ドラマだった。昔、日本でもテレビの深夜番組でヒッチコック劇場をよくやっていた頃のことを思い出す。中学の時分には僕もよくそれを見てはまっていた。デビッドリンチはきっと意識的に社会の中でヒチコックの役割を演じたいと思っているのだろう。マルホランドドライブは技術論的にはよく完成されている。デビッドリンチは安定的に一定のレベルの作品を供給することのできるハリウッドの定番監督としてよく定着しているのだ。しかし以前のような作品の中に孕まれていた不気味なインパクトはもはや失われているようにも見える。一定の安定したスリラーの形式を文法的にも定型的によくこなす事はできるようになっているのだろうが、初期から中期にかけての(具体的にいえばツインピークス以前のデビッドリンチだが)、まだ決定不能の狂気を露骨に孕んだ作品を荒削りでも生み出していた頃のリンチとは、もはや相当かけ離れてきていると思う。ハリウッドの大家として社会的な地位も安定してしまったリンチだが、収入的にも名声的にも恵まれたものとなったこのような、狂気を題材に消化しうる作品を作れるひとが、この先もまだ、重要なインパクトをもった映像を作れるのかどうかというのは、微妙なものだ。後期デビッドリンチとして、何かの新境地を切り開く必要はあるはずだ。嫌いな作家ではないので、何か、もう一度、作品の世界を根底的なところから捉え直して再びリアルの次元を彼の映像に取り戻してほしいとは思う。