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それは郊外から郊外へと繋ぐごく短い路線だった。15分ほどの時間か。この白人警官と二人っきりで過ごしたのは。路線を電車は走り終えたようだった。またそこも小さなターミナル駅に到着するともはや半ば不機嫌な顔つきになっていた警官の後に続いて僕は電車を降りた。降りた所の駅もやはり何か物哀しさは拭えないような寂しくてちっぽけな終点の駅だった。そして三月の夜にあってやはり寒々しい。人はそこで疎らに電車から降りてきてわずかながら人間達の動きが確認されている。警官の後に従いながら歩く僕は、その半ば駅の電灯も消灯されているようなホームと改札の横に、トイレの入口があり、トイレの中もやはり電気は消えているどころか、入口の所にはそこに人が入らないように重々しい鎖が何重かにかけられて垂れているのを目撃した。そしてトイレの中はというと不気味な暗闇の洞窟のようにしかもはや見えなくなっている。

そういえば目下のニューヨーク市内において、地下鉄の路線の駅というのは、公衆トイレの使用を、セキュリティ上の理由からすべて閉ざしてしまったという話は、チャイナタウンでランチをとっていた時に、村田さんから聞いていた話だったことを思い出したのだ。市内でその大々的なセキュリティの政策を実行したのは、前の市長にあたるジュリアーニ市長の時だった。そしてジュリアーニというあの頭のはげてるけどどこか芸能人のように愛嬌ある顔で眼鏡をかけた市長の時に、この街では911という世界史的大惨事の事件を経験したのだ。以後、ニューヨーク市では殆どの公衆トイレが使えなくなってしまった。理由は、セキュリティ上の不安があるため。そして各駅にもあったはずのトイレの入口には、こうして重々しい鎖が表からぐるぐる巻きにまかれているということだ。そして僕と最後まで話の咬み合わなかった警官はといえば、特に僕のように愛想が苦手な外国人には未練もないと見えて、言葉も少なげに、ここの改札口のところで去っていき、今乗ってきたのと同じ電車が折り返すのにまた乗っていった。

さて余り話を聞いていなかったのでわからないのだが、警官の背中が示していたのは、ここの駅で降りろということなのだろうか。彼が去った後になってはじめて自分の今いる不可解なポジションに僕は気付いた。周囲の疎らな客の動きを見ていると、みな駅の改札からは出て降りていって、外にあるバス乗り場のような場所に並んでいるようなのだった。もうJFK空港まで繋ぐ電車はないからここからバスで行けということか。ようやく僕はこの奇妙で寒々しい深夜の情況を理解しはじめた。