22-2

ニューヨークの深夜に地下鉄で、若い黒人男が突如立小便をする様を目撃した車内では、僕の隣にいた数人の女性たちは、やはり黒人かヒスパニックの女性で、ここで下手に視線を合わせたらいけないといったように、首をつんと硬直して立てたまま、視線を不自然に漂わせ、蝋人形のような頭を不安定に揺らせていた。女性たちの顔と首の緊張した立て方というのは、昔サンダーバードのテレビ番組にあった人形劇で、あの人形の首が視線も不自然に首を揺らしている様と同じ様だった。サンダーバード。それはアメリカが60年代に制作してその後日本でも放映してヒットした人形劇のドラマだった。あのドラマに出てくる人形の首の動き、特徴的で不自然に揺らぎ続けるあの首の動きだ。深夜にニューヨークの地下鉄に乗っている労働者の帰宅風情な女達の表情というのも、まさにあんなように、正直な感情を表現するのが不器用で、不自然に、宙吊りになった人形の首のように、走る電車の動きに合わせて、深夜の零時に揺れていたものだ。しかしそれにしても、電車の中で小便をする男というのを、僕は日本の電車でも実は見たことあるのだった。それは東上線に乗っている時で、自宅に帰るため終電近くの電車に乗っていた時のことだ。池袋から埼玉県の郊外へと向けて走っている夜更けの東上線車内において、その日殆どもう客は乗っていないような状態だったから、終電近くで乗客が少ないなんて、それはウィークデイの電車ではなく、土曜か日曜の夜だったのだろう。客が疎らな電車の車内で進行方向にとって最後尾のほうに僕は乗っていたのだと思う。その中に酔っぱらいの若い男がいたのだ。よく日に焼けてる男だった。健康といえば健康そのもののような若い男だった。男は友人を連れていたかもしれないが友人は途中の駅で降りてしまったのだ。男は泥酔していた。それでシートの上に寝転がったり何やら意味不明の声をあげていた。僕はしらふで座席に冷静な気分で乗っていただけだったが、男は突如としてシートの上からむくりと起き上がり、堂々と車両の連結部分で立小便をはじめた。その車両には連結部分にドアなどついていない、新しい型で清潔な車両だったが、男が電車の中で立小便する姿は、露骨に電車の中では際立っていた。しかしその男の行動を気にしうるくらいの近くにいる他の乗客というのは僕の他には二、三人ぐらいだったのだ。泥酔した男は長い小便が終わると再びシートの上に寝転がっていた。そこで考えられることだが、公共の電車車内で勝手に小便をはじめる男というのは、世界的な規模でみても決して珍しくはないのではないかということだった。今のように清潔な電車が多くなった時代には、いざそれを目撃したら吃驚するかもしれないが、電車というものにまつわる長い歴史の中では、別に特に珍しいともいえないような、行為の有様ではないのかということだ。日本だって昔の列車は相当に乱雑でカオスのように走っていた時代もあるのだ。列車から飛び降りたり走ってる列車に途中から乗り込んだりするような人だっていたのかもしれない。インドや東南アジアの列車の風景を今でも見てみれば、発展途上の地域では相変わらず列車とうのは、人間のカオスをそのまま乗せて走っているような代物ではないか。だから、電車の中という空間は、本来何が起きても不思議がないような微妙な公共空間であるとは、案外真の姿なのかもしれないということだ。