20-2

バスを降りたらそこはそのままゼロ地点だった。そして誰もいない。バス路線のポイントにそこの広場がなっているのでバスは他に三台は停まっていた。しかしそれだけだ。基本的にそのぼんやりと開けた場所は暗闇の静寂に包まれていた。ここで街の灯は、後ろの方に地下鉄駅の灯りが光っている。しかし悲惨な大事件が数年前に起こったはずのこの場所には、いまだ特に何の新しい建築物も出来上がっておらず、事故の跡地には深く広く掘り起こした工事の進行状態が残されているというものの、この寒い三月の、しかも休日の夜に、こんな場所を通りかかる人は誰もいないのだ。工事中で金網のフェンスに覆われる大きな四角い窪地の前にある広場は、折り返すバスのポイントとしてのみ使われている。他に灯りとは地下鉄駅のものだけだ。周囲にある事件で焼け残ったビルの数々も、みな灯りを落としている。そして残っているビルの背後にある空間が、ハドソン川の寂しい河口であることは既に知っていた。バスを降りて僕は恐ろしさに襲われた。あんな世界史的な大惨事の起こった現場が、こんな無防備に放置されていてよいのかと心の中で怒った。しかし暗闇の中には無言で残ったビルが聳えている。本当に、そこは広々とした空白地帯があるものの、人っ子ひとり誰もいないのだ。そしてもちろんまだ店もない。911でタワーが押し潰される前は、きっとここらも多くの飲食店などで夜のネオンも絶えなかったのだろう。しかし今は物の見事に何もない空白の空間、工事中の空間である。僕は逃げるようにただこの場を立ち去ることしか考えていなかった。とにかく距離はある。道は長い。何もない空間がずっと続いている。そして辺りは暗闇に覆われている。ゼロ地点の地下鉄駅に入ろうかと思ったが、そこもただ明かりが灯してあるだけの本当に何もない寂しい殺風景な空間が口を開いているだけだった。まだ出来立てでコンクリートの匂いも新しいようなのっぺらぼうの出入口。この時間にそこを通る人は誰もいない。しかし、それを横目に見ながらもうしばらく次のブロックまで歩いて行ってやろうと思った。ちょっとした好奇心に駆られていたからというだけではない。すごく小便がしたくなったので、どこで立ちションすればよいのかと考えて歩いていたら、いつのまにかそのままずっと歩き続けてしまっていたのだ。