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それでも30分から1時間くらいの時間は、ユニオンスクエアの傍らで古く厳しいデパートの壁を相手に、フットボールをキックしていたのだと思う。冬の日の下でもう十分に体をならし汗をかいたくらいだ。ブレヒトフォーラムのメンバーを軽く目撃はしたものの、再び人の波は数限りなく押し寄せているように思われ、究極Q太郎の姿には遭遇しなかった。もし僕がボールをキックしている後ろを彼が通りかかったのだとすれば、彼の方から分かったはずだ。そして恐らくこの週末のビッグイベントにはやはり参加しているのだろうと思われる、村田さんと飯塚くんの姿にも巡り会えない。やがてキックの練習にも飽きてしまい、人混みの流れを前にしても為す術くもなく、どうしたらよいのか考えあぐねてしまった。デモの終了の時間を見計らってもう一度ユニオンスクエアに戻ってくれば、究極さん達と会えるのではないだろうか。その瞬間以外に、確実に会える方途というのは、ちょっと思いつかない。それでデモの終了時間は・・・どうやら4時頃であるらしいとは、ユニオンスクエアに並んで立て掛けられているデモの看板を見ていてわかった。それなら終了の時間を目処にして何処か他の場所で休んでおこうか。そのほうがきっと身の為だ。そんな風に僕は判断して、ユニオンスクエアの前へと続く大きな坂道を、再び繁華街の方に向かって歩き始めた。特にショップや本屋を見て時間を潰すという考えはなかった。この大きな坂道の通りには、途中にニューヨークの市立図書館のビルが在ったのを確認していたから。だからニューヨーク市立図書館でこの巨大なデモが終わるまで休んでいようというアイデアだった。

何か面白そうなものと出会えるだろうか?ニューヨーク市立図書館で。時間と時間の合間に挟まれてどうしようかと考えあぐねていたが、もっともよい時間の過ごし方を見つけられたようで、このアイデアに気は楽になった。そうこう思いながら大きな坂道を上がっていったのだ。デモとは違う目的の人々で繁華街の中心部に近い方はやはり混み合っていた。ニューヨーク市立図書館の前まで辿り着いた。ちょっと古めの感がするコンクリートの地味なビルだった。このビルは上から下まで丸ごと図書館になっているみたいな細長いのっぽのビルディングであるようだ。エントランスを入ると受付に数人並んでいた。入ってくる利用客の荷物をセキュリティがチェックしている。慣れたような流れ作業の持ち物チェックを黒人の背の高い男がそこでこなしていた。淡々としたただの地味な流れ作業であって形式的な確認にすぎない。細身でスーツを来た黒人男のセキュリティは受付のところにある机の上で、ざっくばらんに直接腰掛けていて、特に表情も変えずに単調な荷物チェックの流れを続けていた。順番が僕のところに来て、差し出したショルダーバッグを同じようにして黒人の男は開いて覗いた。面倒臭いから余り考えていなかったのだがカバンにはさっきのフットボールがそのまま入っていたのだ。黒人の男は僕のフットボールを見て思わず笑った。そのリアクションに対してはただただ笑って返すしかなかった。首をぐいと振って気前のいい笑みを浮かべ、まだ若くてバスケ選手のような逞しさも垣間見せるセキュリティガードの黒人男は図書館の奥に通してくれた。彼のセンスには感謝するような気持ちになって通り過ぎた。もし僕の持っていたフットボールが小型の爆弾だったら、どうするつもりだったのだろう?そんな疑問が頭に過ぎった。しかし、決して明文化し得ないような微妙なユーモアのセンスをもってして、はじめてニューヨークという神経質な街の技とは、うまく機能するように、きっとできているのだ。そのユーモアのセンスを失ったら、きっとニューヨークはもうニューヨークではないのだろうし。