19-1

アメフト用の練習ボールを一つ買って店を出た。

子供が遊ぶ用みたいなゴム製の小柄なボールだったので大した買い物ではないが、しかし予算は少ないなりにニューヨークに来ました記念として一ついい物を買えたという気分で満足があった。僕の性質の一つで、買ったらすぐ中を開けて触りたくなり、何かきっとニューヨークのスポーツ店では意図として、買い物はしっかりとした箱や包装の中にあり、買ったことの喜びをずっと携えたまま家にまでその気持ちを持ち帰ってくださいという趣旨でも暗黙にあったような気持ちもする。しかしそういう余分な解釈は洒落臭いと、すぐに破って引き千切り、中の実体を出して調べて確認してみたくなるのが、僕のポリシーというか臍曲りなとこかもしれなかった。それで店から出てきて数十メートル歩いたぐらいの所から、もう僕は箱を開けて中からアメフトボールを取り出し、歩きながらの格好で仔細に調べて眺めはじめた。歩きながら買ったばかりのボールを軽く宙に浮かせてみる。

うん。いい感じだ。楽しいボールではないか。一人で歩きながらちょうどよい気晴らしの材料を所有できた感じだ。昼過ぎのマンハッタンでど真ん中という場所を歩いていた。

とにかく人、人、人で、人が多い。春が近い冬の土曜日のよく晴れている日の午後である。人の集中している様子が、よく見ているとここでは日本でと違うものがやはりあるのだ。東京で、銀座や渋谷や新宿の人混みは僕にとって見慣れたものである。しかし人の集中の仕方が、何かもっとここでは極端で過激だ。まだ日本の混雑の仕方のほうが遠慮があるのではないか。しかし不思議に混雑してる中の秩序というのもうまく出来ているみたいだ。人は多くすれ違うがトラブルを起こすわけではない。アナーキーに入り乱れしかしそれなりの秩序と統一感は守られている。そんな人々の中を通り抜けて僕は大きな坂道を下っていった。ブランド品の店が並んでいるようだ。マンハッタンのマンハッタンらしい場所の一つだ。きっとそこは有名な通りなのだ。

大きな坂道を下りきったところが道の分岐点になっていて、ストリートとストリートが大きく枝分かれする三角州のような所にユニオンスクエアという公園はあった。しかしもう既にマンハッタンの反戦デモは大掛かりに始まっていた模様である。人々の行進が続いている。それは恐ろしく長い行列だった。デモ隊が右から左へと流れていく。もう僕がそこに辿り着いた時点では、どこがデモの先頭でどこが後尾なのかさっぱり見当がつかない。大掛かりな交通整理が行われている。ニューヨーク市警の警察官たちが総出であたっているという感じだ。

3月の反戦デモとはマンハッタンの巨大なイベントになっていたのだ。大きな車道を規制してデモ隊の人々が歩く横を、馬が駆け抜けていくのだ。ニューヨーク市警の制服を着た男が馬を駆って、ビルとビルの間を走り抜けていく。白い馬だった。自分のすぐ横を馬が近づき、しかしきりりとまさに軛を返す勢いをつけて颯爽と走り去っていく様を見たことに、ちょっと自分の目を覚まされたような衝撃を感じたのだ。本物の馬の警官隊がいまだ現役で活躍してる姿を見たのが新鮮だった。ロンドンのデモ隊を映した60年代のフィルムなどで、西洋の警察が現代的な都市の中を馬に跨り規制しているような映像を、たしか見たことはあった。あれはローリング・ストーンズのビデオに登場していた映像だったろうか?まさに同じように、こっちでは馬の使用というのが今でも普通に行われていたのだった。日本では絶対有り得ない光景である。