18-2

空は青い。午前中のマンハッタンである。そこに突然そこだけ高いビルがある。なんというか高層ビルを作るならまとめてそういう高層ビルを並べて作ったほうがたぶん安全性的にも好ましいような気がするのだが、とにかくそこだけ高いビルを作ってしまったようだ。ニューヨークの人は。だから空から降り注ぐ光はビルの長い影を作る。どこまでも長い影の中を人々は跨ぎまた通りすぎていく。別にその影がどこまで伸びているのかも知らない。ビルがあり影があり。また少し歩くとビルがあり影があり。とあるビルの一階がタワーレコードになっていたのでちょっと入って見たりもしたが、肩透かしを食らったのは、中にある在庫のCDを見てみると、これなら東京のタワーレコードのほうが遥かに種類が豊富だとすぐ分かったことにあった。同じアメリカ発のアーティストの音楽ソースを手に入れるにも東京で探したほうが遥かに便利だし在庫も確実で量も豊富なのだ。不思議なようなしかし考えてみればそれも当然のような気がしてくる話だ。しかしこれが事実であり本当の話だ。

そこが高層ビルの影というわけではないが、デコボコした舗道を、雪の解けた黒い水溜まりを避けるように歩いていたら、小さな建物の下のところ、といっても陽射しはよく当たっている所に、ホームレスらしき黒人の男性がうずくまっていた。うずくまっているというより、そこの地べたに座り込んで、足を曲げ、何かしきりに一人で笑っていた。笑いながら通行人のほうには、愛想よく視線を投げかけていた。一人の黒人男の存在があった。黒人の男はそこで何故だが裸足だった。路上に、本当はまだ冷たいはずなのに、裸足の足を投げ出して、意味不明に笑い続けていた。異様に背の高い黒人である。彼がまとっている服装は、何か宗教用の袈裟のようにも見えるが、ただ普通の服が襤褸になってるだけかもしれなかった。笑う黒人男の口の周りには無精髭が出ているのが光って見えた。薬をやっているのかな?とも思ったが、定かでない。しかしこういうイカれたホームレスの存在とは、別にニューヨークで格段珍しいはずもなく、道行く通行人は特に彼に注意を払うというのではなかった。しきりに笑っているので特にこの男を助ける必要もなかろうと、通り過ぎる人々がみなそう合点してしまうからかもしれなかった。

ちょうどその男の横を通りすぎて、僕らは奥の路地に入っていった。何が出てくるのか分からいような奇妙で不思議な路地だったが、真昼間の時間帯なので特に危険な気はしなかった。それにこういう感じの路地ならば、新宿あたりにも幾らかあったような記憶がある。黒くて細長い建物の横に出た。ちょっと見ただけでは何をやっている建物か分からないような細長い小屋であり、一面を黒く塗りたくっている。奇妙だが何か内輪の人間だけが出入りしている文化的な施設か拠点のようなアジトのようにも見えるが。ちょっと立ち止まって見ていたら細長い小屋の端の所から、僕らの目の前に、突然ドアが開いて、忙しそうに慌てたような、バイセクシャルの男か?お洒落にカラフルな派手な衣装に身を包んでいる細身の、イアリングを幾つか耳から垂らしたような役者か芸人のような男が、突然飛び出してきて、僕らの横を走るように去っていった。

「あっ。ここがヘンリーミラーシアターなんだよ!」

横では、地球の歩き方マップを片手に覗きながらずっと歩いてきた究極Q太郎が言った。

「ふーん・・・」
そう言われてみても特に何の感銘もなかった。見た目は地味で黒ずくめだが、だがヘンリーミラーシアターという名前に相応しい場所なのかもしれない。しかしただそれだけで、ヘンリー・ミラーの名前をそこが冠しているからといって、特に今でも、時代の間でコンスタントに、面白いこと、実験的なことがそこで行われているのかというと、随分疑問も多そうだからだ。むしろニューヨークの片隅で、ここもずうっと時間が止まってしまっている場所の一部ではないのか。そんな風に解釈することもできる。そんな場所だった。そして相変わらず冬の合間の太陽は、いやにギラギラと、半分は日影に入っている路地の場所を、上から執拗に照りつけていた。