17-4

チェルシーの通りまで戻ってくれば、さっきいたブレヒトフォーラムのブロックとは、もう世界が違うように賑わい続けていた。これが不夜城というに相応しいニューヨークの有様である。大気の温度はマイナスでありながら空気は切るように頬に迫っているというのに。そんな凍りつく大気の温度を忘れさせてしまうほどの、ネオンと人と街の勢いがあるのだ。同じ街中といえども少しブロックが離れただけでこれだけ見栄えが違う。この極端さをもってある種のアメリカらしさ、ニューヨークらしさというのをきっと示している。大きな通りからは少し裏に入り込んでホテルのある通りに戻り、少しはそれなりの落ち着きをたたえた繁華街の裏通りにはもう懐かしささえ覚えるほどだ。行きの時に見かけたピザショップが相変わらず渋めのネオンの光を照らしていた。店の表にはガラスの中で職人がピザを打つ姿が見えるようになっている。行きの時に見たのと同じ職人がやっぱりまだガラスの中ではピザを打っていた。もしかしてずっと今までの数時間彼はピザを打ち続けていたのだろうか?いやきっとそんなことはないはずだと思うのだが。そんなのは単なる重労働であるばかりが意味が無いではないか。そんなに長時間のピザ打ちはとてもニューヨークらしくない、無茶で無意味な労働の形態だ。ピザ屋はそこでいかにもという感じのイタリア人風の店だった。

「ねえ。ここのピザうまそうじゃない?」

僕は、自分の気になっていた店について、究極さんの意見を聞いてみた。

「うーん。どうかな・・・」
究極さんは立ち止まり、特にはっきりとした意見を言うまでもなく、黙って店の構えを見ていた。

「ロッキーバルモアって、そういえばピザ屋だっけ?」
「それって映画のロッキーのことかい?」
「そう。シルベスター・スタローンのロッキーだけど。こういう店見ているとなんだか映画のロッキーを思い出すんだよなあ」
「うーん。イタリア人でアメリカで店やっってるというと、すぐにピザ屋と思いつくのかもしれないけど。・・・でもちょっと違うんじゃないのかなあ」

究極さんは、眼鏡の奥で目を細めてちょっと考えようと記憶を集中しているみたいだ。
「そうだ。違うよ。ロッキーバルモアの仕事は肉屋だったよ」
「あーそうか。あれは肉屋か。何故だかこのピザ屋を見ていてイメージがロッキーと重なってしまった」

笑いながら誤魔化すようにそう言ってから、店の中に入った。蛍光灯の安っぽい光は夜の道に慣れた目には眩しすぎるくらいだったが、入口にはピザ打ちの実演するコーナーがあり、その手前にレジがあって、上にはメニューが出ている。狭くて細長い店内だが、幾つか小さなテーブルもあって店の中でも食えるようにもなっている。細長い店の奥の部分は一面が冷蔵庫のガラス扉になっていて、中には冷たいドリンクにビール、アイスクリームといったものが並べられているのが、なんだかとても旨そうに見えたものだ。酒とジュースの混じったカクテルのような瓶を僕はそこから選んで取った。ピザは、余り食べ過ぎないように、小さいほうのピザを頼んでテイクアウトにした。店から出て、腹が減っているのがもたなかったので、僕は今買ったばかりのピザの箱をあけて手で抱えるように持ち、歩きながらピザを口に入れていた。

「究極さんもどう?」

ピザを口に挟んだまま歩きながら究極さんにも振った。究極さんは特に表情も動かさないまま、ピザの切れ端を一つ僕の手前から抜き取った。ピザを口に咥えたまま歩きながら、少々セキュリティの為に面倒なホテルの入口も僕らは通過した。