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百年以上ここチュルシーの一角で建っているはずという古い石造りのビルディングで、一階で一番奥にある細長いホテルルームは、ベッドが二つ壁にそってやはり細長く並べられており、部屋の最も奥には大きな窓があって外には猫の額のように小さな庭らしきものが、ビル街に囲まれてささやかに日に当たっているのが見えるといったもの。お互いのベッドに腰掛けながら僕らは向い合って座っていた。すると究極さんの後ろの壁からドンドンとダンスミュージックのような大音量の低音を奏でる気配が伝わってきたのだ。

「あれっ?ここは大通りから奥まった、チェルシーでも落ち着いた一角のホテルかと思っていたけど、なんだ隣のビルはカラオケ屋かよ」

「違うよ。隣のビルはディスコだよ。ここに入るとき気が付かなかったかい」

「なんかピカピカ光った入口は目に入ったけど、ディスコだったのか。東京だとカラオケ屋みたいな入口だったな」

チェルシーの立地で80ドルの宿は相当安いほうだからさ。それなりの部屋の条件には不満でも耐えざるえないな」

「それじゃあ夜中はディスコに遊びに行きますか?」
僕がそういったのだが、
「いやぁ・・・ぼくはちょっとそれ遠慮したいな・・・」
究極さんは面倒くさそうに躊躇して、言葉を濁しながら答えた。

部屋の奥の窓からはビルの合間の申し訳なくなるような中途半端な庭らしきものに空からはまだ午後の終わりの鈍い光が凝っと差し込んでいるのが見えた。午後の長い光が斜めから幾らか屈折しながら僕らの部屋にも入ってきている。

バスルーム横の鏡のついた洗面台で僕は軽く顔を洗っていた。究極さんは、革命書店に置かれていた中から拾ってきたフライヤーやビラの数々をベッドに腰掛け眺めていた。
「あっ。これに今夜は行きたいなぁ」

洗面台からベッドルームのほうを僕が振り返ると、究極さんが顔を上げてこっちに語りかけた。

「何があるのよ今夜は。イベントかい?」

僕はタオルで顔を拭きながら究極さんの腰掛けてるベッドの方へ近づいた。

ブレヒトフォーラムという名のスペースなんだけど、ライブと交流会をやってるみたいだ」
ブレヒトフォーラム?どういうところなのそれ」

ブレヒトという位だから演劇系の左翼のスペースじゃないのかな。ライブとパーティを今夜やりますってフライヤーに出てるよ。ここから近所のビルの中だ」

「じゃあとりあえず今夜はそれいきましょう。」

夜の予定はそれで入ったのだが、夜中になるまでまだ時間は結構あった。宿に辿りついたものの僕らはそれなりに疲れていたので、夜の8時ごろにフライヤーに書いてある通りの住所で待ち合わせることにして、それまで夕方の間はそれぞれ別行動で動こうということにした。特に何も考えず、一人でこのニューヨークの繁華街をぶらぶらしたいという気分になっていた。究極さんのほうもそれなりに疲れている様子だった。ベッド上に腰掛けてるとそれだけで心地よくどこまでもそのまま沈み込んでいきそうな蓄積した重みも腰の上には感じていたが、せっかくのチェルシーを夕方に徘徊しないのは損だという気持ちが、二人ともども共有されていたのだ。