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「ねぇちょっと。あそこの女の子。あの子さっちゃんに似てないかい?」

背の高い古いにおいのする木の本棚からアルチュセールの英書を手にとって眺めていた究極さんの背後で僕は言った。

「どれどれ?」
究極さんはそっちの方向へ目を向けた。
「ほんとだ。似てるよー。」
ニヤニヤとした顔を浮かべながら彼は頷いた。

究極さんの店に来る女性で、さっちゃんという人がいて、彼女は自衛隊の官舎に反戦ビラを数人で撒きに行ったことで逮捕され、その後裁判をしたことでテレビに映ったりしたので、ある種知る人ぞ知るということで有名になった人である。大きなデモなどに行くとよく彼女が何らかの形で活躍してるのと遭遇することが多い。時にはデモ隊の先頭にある軽トラックの上でバンドを演奏しベースを弾いていたり、背が低くて小太りで愛嬌のある顔に落ち着きなくいつも動き回っている。最初にあったとき小樽から上京してきたと語り美術系の活動をしていた彼女だったが、いつからか彼女は日本にもいたマイナーなヒッピーたちと活動をともにし、多摩川の河原で生活するようになったので、河原のさっちゃんと呼ばれるようになっていた。あの人と風貌がよく似た感じで、やはり落ち着きがなくよく動きまわり、店内にいる客に背後から声を掛けている、長い髪をだらりと垂らしジーンズを履いた女の子がいたのだ。ああいう女の子は、日本にいるさっちゃんときっと性格まで同じなのだろうか。そんな気がしてならなかった。

「それでさー。あっちにいる男。あれは中西Bに似てるんだよねー。」

僕は含み笑いしてる究極さんに別の方向も指して示した。背の高いひょろりとした白人の眼鏡をかけた男性だった。白人であることもわかるがそれにも増して彼は更に色白で痩せた体を揺らしながら店の中で立っていた。やはり店内の客に声をかけたそうにして落ち着きのない視線を動かしながら他人を見ている。中西Bという言い方は、やはり究極さんの店の常連にいる男で、中西という人がいて、彼は先に店の常連だったサラリーマンで営業回りをやっている中西という男性に対して、中西Bという名で呼ばれるようになった。つまり、先のサラリーマン男性は中西Aだが、次の男は中西Bというようになった。そして中西Bという呼び名はそのうち省略もされて、彼の名は通称中B、ナカビーということで一言で了解されるような存在になっていた。ある店のとてもローカルな界隈での事情だが。日本でよくいるというオタクの青年で、大学を卒業してから特に就職もできずダラダラと家にいる生活をしていた現代思想オタクの男で、それがある切欠で究極さんの店に来るようになったところ、ツンデレの子の鎧が溶けたように雪崩うって店の常連になったという、やはり色白で背の高い痩せ型の青年だった。飲み屋でカウンターの隣に立って早口で思想の話をはじめたらもう止まらなくなるような青年。こういう男性の像というのもある種の類型性を満たしているのだろうか。アメリカのこんな場所にやって来てまで我々と遭遇するなんて。それはアメリカにもよくいるオタクの青年で左翼系のそういう専門かとも見えるが、革命書店という看板の前に出たこの古い本屋の店内で、落ち着きがなく目立つという動きをしてるのは、このノッポの青年とさっちゃん似の背の低いずんぐりとした女の子の二人であって、この二人を並べて比較するとまるでスターウォーズに出てくるロボットで、C3POR2D2のコンビみたいにお似合いの、この書店にいる常連の係のように見えたものだ。