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マディソンスクエアガーデンの真下に僕らは立っていた。MSGといえば何故だか有名な場所だ。たぶんその場所が何なのか意味も分からずそれは世界的に広まっている単語である。マディソンスクエアガーデンの地下とはニューヨークで大きなターミナル駅となっていた。そんな事実もはじめてここに来て見て偶然知った。ペンシルヴァニアステーションという郊外へと続く駅であり終点はペンシルヴァニア州フィラデルフィアにまで続いていた。東京でいえば池袋とか浅草といったポジションに当たるような駅だった。

僕は情報にあたるものを何も持って来なかったので地球の歩き方マップを熱心にずっと読み耽っている究極Q太郎にすべてを委ねて従うまでだった。入り組んでいる地下鉄を乗り換えて渡り歩いた。殺風景で冷たく乱雑な地下鉄だった。コンクリートの壁は露骨に剥き出しだし階段も狭く雪の日だからつるつる滑る。人間が憩うというよりもそれは家畜の群れが雑多に管理され駆り立てられているといったようなイメージが浮かぶ地下鉄内の人の移動である。

それでも意味の分からない街の力に駆り立てられるよう歩き続けていた僕らだった。まず目下の不安とは今晩の宿をどうするかということである。時刻はもう冬の夕刻を過ぎ地上に出れば有様は夜の街になっている。ネオンで光る明るみと光の届かない街の暗闇が多様にコントラストをなしこの街はなかなか全体的な統握を可能にしてくれない。論理的に捉えようとするよりもただその中を自分で動けということなのだろうか。そして僕にとって歩きながらずっと気になっている事情とは寒さの問題である。ニューヨークというのをたぶん世界で最も便利な街の一つなのだろうと楽観していたので最小限の荷物しか持ってこなかった。スタイルはトレーナーの上に黒い革ジャンをはおっただけだ。

夜になりマンハッタンは全体が冷えているようでそれと反対に人々の外に出て歓楽する欲望はネオンの中で溢れ出ていてその強度のコントラストが人々においても異様に街の享楽の予感を冷気と活気の入り混じる中でかき立てている。夜になりどうやらここの気温は氷点下も切っているのだろう。寒さに堪らずずっと耐えてきたか忘れていたかしていたものだったがそろそろ僕の体も限界に近づいて来ている感じ。

NY市の地下鉄構内では行き交う人々もまた公共空間には特に期待もしていないのではなかろうか。通り過ぎながらコンクリートの道中の過程など無頓着な風であり特に立ち止まって何かを考えていそうな人もいない。寒々しい巨大なターミナルステーション、ペンシルヴァニアステーションの中で人々は忙しく行き交い横には売店の数々が開いているがその中で唯一この場所で立ち止まっている人間とは、便所の入り口に立っている黒人の兄さんでどうやら彼はヤクの売人みたいだった。便所に出入りする人々に声をかけては呼び止めようとしてきょろきょろ落ち着きのない目を漂わせている。

「僕ら今夜どうなるんですかねえ?」

トミーからもらったキャリーバッグをごろごろ引き摺って歩く究極さんに話しかけた。

「う〜ん。宿はドミトリーを幾つか地球の歩き方マップの中にチェックしているんだけどね」

究極さんの格好はといえば暖かそうな厚いコートをはおり体調は前向きな積極性にあるみたいで動きはホッケー選手のように素早かった。この贅沢なコートもやっぱりトミーからもらったものだろうか。

「ニューヨークの宿で安いところというのはドミトリーというのがあって、そこは要するに宿泊を安くすませようという客が共同で利用する場所なんだ。この辺にも幾つかあるはずなんだけど。それがだめならホテルに入るか」
「カプセルホテルとかそういうのはないの?日本みたいに」
「カプセルホテルはアメリカじゃ無理でしょう。あれはよく考えれば危ない場所だよ。セキュリティ的に無理だよ」
「日本は甘いってことですかね」
「同時に甘い場所とは天国だ」
「なんかデニーズとか24時間喫茶とかでもいいんですけどね」
「しかしニューヨークってああいう安易に人が出入りできる便利な休憩所がないよねえ…本当に、ない。」