ウィトゲンシュタインの解明

1.
しかしこのような宗教的的な儀式性の意識に起源をもつ、ちゃんと読むという強迫観念、そして、ちゃんと読めという強迫的命法の意識(意識過剰)が、実際には少しもテキストを正確に読むという営為には寄与しなかったということは明らかである。

ここでウィトゲンシュタインが明らかにした、この手の意識的な欺瞞を巡る解明について見てみよう。
それは読むという行為を巡る、錯覚と欺瞞のプロセスの解明である。

2.
真の知識とは、実感を伴わない知識である。

3.
主体性。つまり主体性の意識の起源についても、それは宗教的な儀式性の意識が根っこにはある。

それは儀式的な形式的自己同一化、自己同一反復の名残りであり、だからその限りにおいて、つまりそこには元に宗教的な根がついていたことが自覚化されない限り、主体性の意識自体も浄化されない。

4.
理解するということには、心的出来事が伴わない。