『猿の惑星/Planet of the Apes』

映画「猿の惑星」シリーズはSF映画の歴史の中でも重要な古典にあたっている。特にそれは物語の設定にとって、作中人物の生きている時間軸が狂ってしまうことによって、別の時間に生きる他者と偶発的に遭遇し、改めて現在の時代を見つめ直すという構造を持つサイエンスフィクションの流れにあり、その中でもよく総体的に完成されたパターンを確立するのに成功した金字塔的なる、時代作品だ。猿の惑星第一作は1968年にはじまり、70年代の中盤までに全五作でシリーズが完結している。これら全五作で、大きな時間軸を股にかけて飛び越える一大サーガをなしている。これらに加えて「猿の惑星」とは、2001年にティム・バートン監督により、リメイク作品が一作だけ後から作られている。

この映画にとって、物語の設定とは、猿と人間の関係が入れ替わっている、あべこべの世界の存在である。猿の惑星において、地球の支配者とは猿類であり、人間は猿に支配されている。言葉を持つのは猿のほうであり、そこでは人類は言葉を喋らず、そして猿類によって、動物的に、檻に入れられ飼われている存在が人間になっている。

この逆転はなぜ生じたのだろうか?映画において、最初にこの逆転的世界に遭遇するものとは、宇宙探索から地球に帰還してくる予定だった宇宙船の乗組員である。それはアメリカの打ち上げた宇宙船だった。

光速以上で飛んでいる宇宙船にとって、宇宙にいるとき、船内の時間進行とは、地球時間とは大きく異なる。宇宙船に乗り組むアメリカ人の船員たちとは、帰還するとき、出発した時間の数百年後の未来の地球に帰ってくるはずだった。

帰還の途中で宇宙船は原因不明の磁気嵐に巻き込まれる。どこか見知らぬ惑星の海の中に、宇宙船は不時着した。その惑星の趣とは、海があり、剥き出しの大地があり、原始時代の地球のようだった。生き残ったアメリカ人は、白人二人と黒人一人。この宇宙船員を演じているのが若き日のチャールトン・ヘストンである。

彼らは宇宙船から離れ陸に上陸し、この惑星にも何か生物の痕跡があることを知る。大地の上を進む彼らはやがて、謎の住人たちに捕獲されてしまった。彼らがそこで目撃するのは、言葉を喋り、服を着た猿の軍団である。この惑星の支配主とは、限りなく人間の形と類似した猿類だったのだ。

やがて彼らは、この惑星上には、人類も住んでおり、猿類と人類の関係が逆転している様を目撃する。この惑星では、言葉を喋るのが猿で、喋れないのが人間である。猿と人間は敵対しており、一部の人間たちは猿たちに捕獲され、檻の中に入れられて飼われている。
人間と猿の逆転によって見出される世界像とは、どのようなものになるだろうか。そもそも人間と猿の関係が逆転していく様を描写する必然性とは、どのような体験から人間にとって生じたものだったのだろうか。そこの発想を解く鍵とは、本シリーズより三十年近くの歳月をへて撮られることになった、ティム・バートン版「猿の惑星」によって、改めて知ることができるだろう。

ティム・バートン版リメイクの特徴とは、まず最初の宇宙船の乗組員というのが白人しかいないという点にある。白人しか乗っていないユナイテッドステイツの宇宙船には実験用の猿が飼われている。その猿は賢くペットとしても愛されているが、人間の代わりに実験用猿を乗せた探索船が磁気嵐の中で行方不明になり、それを追いかけにいった人間の船が辿り着くのが、猿の惑星であったという設定になっている。

そこで不時着した人間が、ジャングルの中で猿類たちの捕獲にあうわけだが、ティム・バートン版の猿は、前作シリーズの猿とはメイクが相当に異なっている。ジャングルの中で白人の主人公としての人類が遭遇する猿類の姿とは、あたかもアメリカ人の歴史的な過去として、アフリカ大陸に奴隷船を送って、土着の黒人人種と遭遇する時のイメージであるかのようだ。ティム・バートン版のメイクにおいて、猿類の顔とは、前作のときよりもより人間に近い表情が出るように作られていて、その顔は単に人間によくに似た猿の顔というよりも、黒人人種の顔に近いのだ。特に不時着した人間と仲良くなる女性猿のメイクなどは、そのままダイアナ・ロスの顔ではないかと思わせるほどの表情を作っている。

猿の表情を出すメイクがあまりにも黒人人種に近づきすぎていることが、白人中心主義的な新しい「猿の惑星」としてのティム・バートン的解釈を作り出しているのだろう。ティム・バートンの本作品において、人間=白人のイメージとは強固であるのだ。

前作「猿の惑星」では、最初の宇宙船員として、白人二人と黒人二人という設定だった。この中で生き残れるのはチャールトン・ヘストン演じる乗組員だけで、黒人乗組員は、猿達の手によって剥製の人間像に変えられ、もう一人の白人乗組員は、ヘストンが発見したときには、もう既に猿達の奴隷になっており、頭の部分にはロボトミーの手術を受けた傷跡が生々しく露出し、猿の指揮のもとで奴隷労働に従事していた。