エレクトリックギターの登場

1.
黒人コミュニティで発達させられたブルースは60年代の後半になるともはや、ラジオ電波の波と拡販されたビニールレコードの出荷によって、至る場所へと浸透をしていた。知らず知らずと口ずさんでいるメロディがブルースのものになっている。三つのコードで循環する単純なサイクルは、音楽的な発明がなされる場所では何処にでも忍びうる。変幻自在な形式の一人歩きは、世界中の街角で、このブルース形式の入り混じった音楽の形態が、知らないうちにどこでも出会われるようにしたものだった。

イギリス人の若者たちが、アメリカから船に乗って運ばれてきた輸入盤を漁るように聴き、黒人のスタイルをいかにそれらしく弾けるかをお互いに競い合っていた。そのようなクラブカルチャーの中からはブリティッシュ・ロックというジャンルが確立された。ビートルズが爆発的に広まった。エリック・クラプトンヤードバーズを経てクリームを結成した。彼らイギリスの若者が手にした武器とは、エレクトリック・ギターであった。エレキギターでアンプを通し、音量を何処までも大きく増幅できるが故に、ギターベースの楽曲とはその後ろでドラムをおもいきり叩けるようになったのだ。

エレキギターとアンプの関係とは、単なる増幅にとどまらずに、そこには歪みという音の新しい技術的発明があった。エレクトリックで歪ませたギターの音というのは、アルコールの苦味をうまく含んだドリンクのようにも、よく音楽を聴くものの耳を酔わせることが発見されたのだ。エレキギターの使用とバンドサウンドの発明において、イギリスの60年代の若者たちは先進的であった。大音量で歪ませた音を使って、いかに刺激的な音楽を発明するかということが、それぞれのバンドの間で競われた。エレキギターの使用といっても、それまであったアメリカのカントリーミュージックとは異なる。コーラスとトレモロで高まらせるというよりも、マーシャル製アンプのゲインをフルに上げてやることによって、ワイルドなドライブ感を作り出し陶酔する事に熱中したのだ。

2.
ブルースをベースにロックという形式に変換させられた音楽は、こんどはイギリスからアメリカへと逆に帰還してくる。既にそのときブルース形式で楽曲を奏でることは、白人音楽の範疇になっていた。ビートルズの威力はアメリカを瞬く間に熱狂させた。この新しく発明された、手軽で陶酔性の高い音楽形式は、アメリカの若者たちの注目の的にもなった。アメリカの若者たちは、こんどはイギリスから輸入されたロックのレコードに飛びつき、それをこんどは彼らの流儀でもって吸収しはじめたのだ。

60年代のアメリカにブルースのそのような逆輸入現象が起き始めた時、黒人音楽と白人音楽の融合がイギリスで為されたといって、その新しいジャンルとしてのロックの内部においては、まだ厳密には黒人と白人の境界線というのは決まっていなかった。だから白人にインスパイアされたグルーブをそのまま黒人でも真に受けてしまって影響されたのだ。この黒人性と白人性の短い混交期に発生した、幾分奇妙な混血性をもった、アイデンテティの微妙に不明なギタリストの作ったスタイルが、しかしその後のロックという音楽形式の殆どのパターンの発展を決定付けたといってよい。その奇妙な混交的なアイデンテティのギタリストこそが、1942年生まれでニュージャージー出身の黒人、ジミ・ヘンドリックスの存在であった。

3.
ジミ・ヘンドリックスがギターをはじめたのは15歳の頃だったという。彼の両親は離婚していて父親のもとで育てられた。シャイな少年だったジミーは次第に不良グループと関わるようになり仲間入りし、窃盗などの罪で警察に逮捕されてしまう。そして17歳で彼は陸軍に志願入隊することになる。ジミーが本格的にギターをマスターするようになったのは、軍隊の環境であったという。19歳の時に軍隊を負傷除隊し、その後は軍隊生活の中で養ったギターの技術で仕事をするようになる。

リトル・リチャードのバックバンドで彼は最初に採用された。しかし派手好きで軽薄な黒人ロックンローラーのリトル・リチャードのバンドにあって、彼はメンバーとしてうまく馴染めるものではなかったという。その後アイズレー・ブラザースのギタリストとして少し評価されるが、ジミーがギターで食っていくことは難しかった。ジミーはニューヨークに住むことになるのだが、彼が選択したのは黒人文化のもっとも繁栄していたハーレム地区ではなく、白人のヒッピーや前衛アーティスト、左翼文化人やボヘミアンの文学者や詩人たちの集まっていたグリニッジビレッジの方であった。

ジミーはジャズとしてのブラック・ヘリテイジを継承する立場としてではなく、ブルースロックの新しい自由な形式の表現者として自己表現を試みるようになる。そんなジミーの才能を発見したのはアニマルズのギタリスト、チャス・チャンドラーであった。チャンドラーはジミーを、当時既に有名だったクリームに会わせてやるからという理由で、イギリスに連れて行った。イギリスでコンサートギグを打ったジミ・ヘンドリックスの評判は一気に高まった。本場のアメリカから凄いブルースギターを弾く奴がやってきたという噂はロンドンで広まった。イギリス人たちは彼の個性的なギターの弾き方に驚かされたのだ。

4.
ジミ・ヘンドリックスは左利きのギタリストであった。普通は右使用に仕立てられたフェンダーストラトキャスターを逆さまにして弾く彼の姿が、スタイルとして彼のトレードマークになった。

ジミ・ヘンドリックスにとって、右の側からも左の側からも同じギターを弾くことができたという。ペンタトニックのスケールを、楽器を逆さまにして同じように弾いてやると奇妙な音色がすることが発見されるものだ。ペンタトニックのスケールを奇妙に狂わせて転倒したように流れる、ヘンドリックスのメロディの特徴は、ギターのフレット上におけるスケールの配置を逆に追うことから得られたのだろう。ジミ・ヘンドリックスにとって、この逆様性、逆転性、転倒性というのが、きっと彼の特徴といえるようになるのだろう。セカンドアルバムの『Axis、Bold as Love』には次のような曲がある。

『If Six Was Nine』

さて。血の歌をうたおう。もし太陽が輝くのをやめたとして。俺は気にしない。俺は気にしない。そう。すべての山が海まで崩れたとして。なすがままにせよ。俺のことじゃない。そう。俺は自分自身の世界を手に入れたのさ。そして俺は。君をコピーはできやしないのさ。

今、たとえ6が9に変わったとして
俺は気にしない 俺は気にしない
もしすべてのヒッピーが髪を刈ったとして
俺は気にしない
全然気にしない
ほら
俺は自分自身の世界を獲得したのさ
そして俺は
君のコピーはできないのさ

ホワイトカラーのコンサヴァティブ達が。通りを流れてる。彼らはプラスティックの指を俺に向けた。奴らは俺みたいなのは。すぐに落ちて死ねと願ってるさ。俺は自分のおかしな旗を翻すのさ。ウー。

村上龍的な「69」という概念も、このヘンドリックス的な転倒性の事がヒントになり示唆されていると考えてよいだろう。村上龍にとって、革命の想い出としての69とは、シックスナイン的な時間の転倒逆転性として、革命的なものの時間的な在り処というのが示されている。それは「68」という、よく割り切れる偶数性としての循環的=円環的時間軸というよりも、「69」という倒立性によって開かれる時間の転倒によって革命的なものを見るという違いなのだ。

5.
ヘンドリックスのギターの弾き方は発明的であった。フェンダー社のストラトキャスターには、弦を固定するブリッジにトレモロアームが付属している。これはアームを弾きながら上下させることによって、音にトレモロの余韻、音程の微妙に上下して揺れる木霊を作るためのもので、元々カントリーミュージックエレキギターを使うときの余韻を作るために付着されたものだ。しかしヘンドリックスの場合は、このトレモロアームを最大限に、ワイルドに揺さぶりをかけることによって、音を限界まで引っ張り出すところの破壊性をもたらした。トレモロアームを独自に派手に操ることのできる彼の姿はパフォーマンスとしても観客を沸かせた。ロックギターの派手な弾き方のパフォーマンスとは、このようにジミ・ヘンドリックスの演技した時代に起源をもつものだ。

ヘンドリックスのように過剰にパフォーマンスを付けるギターアクションは、当時ロンドンのギグでヘンドリックスと出会い影響されたという、フーのピート・タウンシェントにもその元祖として伝わる。このようにしてロックという音楽形式の一部にはワイルドなパフォーマンスアクションを伴う劇場的な空間を演出するものであるというスタイルが定着していくものになる。いわばそれは、それまでのロックンロール、ロック、ブルースロックという展開の中から、ハードロックというジャンルが明らかに立上がってきた事を告げるものとなった。

そしてヘンドリックスは、エレクトリックによって拾われて電流に還元された音の信号の流れを、アンプに通すことの性質を最大限に活用した。真空管のアンプの電流が流れるときの不安定性を最大限に利用して、音の残響の中にズレ、木霊をよびおこし、歪みで音を濁らせる割合に微妙なブレンドを与える。『Are you experienced?』の曲、冒頭で音が限界的にハウルして不安定に揺れ、何処までも延びていく様子とは、彼の実験によって得られた音だ。

ファズ(Fuzz)というエフェクターの回路をヘンドリックスは多用するようになる。音の歪みを得るための電気回路には幾つか種類があるものだが、その中でも最も音の電流としての流れを不安定にしてブラせて使うものだ。(Fuzzの音を使った有名な音とは、ヘンドリックスの他にはローリングストーンズのサティスファクションのイントロがある。)ジミ・ヘンドリックスの死んだ後に、歪み用エフェクターの回路というのは種類が豊富になるものだ。最も有名で、トランジスタを使って安定的な歪みを与えるものとしてその後にヒットして最も多用されることになる回路、オーヴァードライブとは、70年代になってジェフ・ベックが発明するものである。